2010年7月24日土曜日

独白。11

 S病院に到着すると外来ではなく直接アルコール病棟のナースセンターへと案内された。そこには担当となる医者と看護士がすでに待ち構えていた。担当の医師は見るからに高齢で「どれくらい飲んだの」「具合はどうなの」と、間の抜けた質問をいくつかしたあと看護士達になにか指示をして両親と供にどこかへ行ってしまった。
「○○さんを担当させて頂くK野です。今からいくつか質問と治療の説明を少しさせて頂きますね」。
かんたんな病院の説明と入院時の注意を聞く。起床時間だの風呂の時間だことの今はとりあえず知らなくても良い事ばかりを続けてくる。入院や治療の目的、治療のプログラム。綴じられたいくつかの資料を渡され説明を受ける。決まり事なのだろうが、此処に連れられて来た時点ですでに相当弱っているので悠長に説明など聞いている余裕などは無い。そんなことよりも一刻も早く横になりたい。
「血液の検査をしますので、採血しますね」
そう言って僕の腕をまくり消毒をする。漂う消毒用のアルコールの匂いが鼻を突く。
もうそれだけで気持ちが悪くなり、なにか酸っぱいものが胸からせり上がってくる。
僕の腕にゴム管を巻き注射器の針を立ようと血管の場所を確かめているK野看護士に一瞬見とれてしまう。これがよくよく見ると色白で利発そうなきれいな女性なのだ。
平静を身に纏いその様子を眺めている僕を一瞬で引き戻すその声。
「ずいぶん暴れたみたいですねぇ、お話伺いましたよ。あ、左腕の方も見せてください」。
残念な事に命からがらでここに来るまでに二件の病院を渡り歩いてきたので髪はぼさぼさ髭は伸び放題。その上に見るに耐えない小汚い格好をしているのだ。
こんな所ではないもっとまともな形でこういう女性に出会えないものなのだろうか。
「○○さん。前の病院の検査の結果がひどいですね。死ななくて良かったですよ」
看護室のコンピューターの前で画面を眺めていた白髪まじりの男が話しかけてくる。どうやらここの看護長らしい。
「離脱症状があるみたいですね。今日はお薬を飲んでもらって、点滴をしますので取り敢えずよく休んで下さい」。
看護室には今の男ともう一人の男性看護士、それに3、4名の女性看護士。K堂の雰囲気とは違い仕事ぶりも明るく活気があるのが解る。なかには「だいじょ~ぶ~?まぁ、ゆっくりしてってね~あぁ良かったぁ若い人でぇ」などとまるで緊張感のない茶髪の看護士までいる。コスプレのキャバクラか、ここは。大丈夫なのだろうか。

 採血を終え一通りの説明を受けたあと、入院治療計画書を渡された。一緒に添えられた診断書には「三ヶ月程度の入院治療が必要」の文字が見える。
「三ヶ月か、長いな」そう思いながら焦点のまったく定まらない目で内容を読んでいると今度はボールペンを渡された。同意書の氏名の欄にサインを求められた。それに名前を書こうとするのだが震える手のせいで思う様にいかない。なんとか書き終えたそれを見る。まるでミミズかナメクジの這ったあと様な文字だ。
その情けなく並ぶ文字とガラスに映った自分の姿を交互に見つめているとなんだか急に惨めになってきた。
それを察したのかK野看護士が取り繕う様に言う。
「書きにくいですよね、ごめんなさい。だいじょうぶですよ○○さん。体がだいぶ辛そうですしねしょうがないですよね」。

嗚呼、こともあろうに看護士にではあるのだが
若くてきれいな年下の女性にこんな事で慰められるなんて。

まったく、惨めだ。
もういいから。お願いだからさっさと休ませてくれ。

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