2010年7月31日土曜日

独白。12

 高校の頃、僕はろくな活動もしていない「フォークソング同好会」なるものに所属していた。エレキギターは禁止という訳の解らない決まり事のため名前ばかりの同好会だった。きもちが悪い、そもそもフォークソングなんて糞喰らえなのだ。放課後はアルバイトかバンドの練習、それでもなければ知り合いの洋服屋に入り浸り、店番をする代わりに置いてあるレコードを聴かせてもらう。とかそんなくだらない日々を過ごしていた。
 ある日、洋服屋の先輩とその友人にとある場所へと連れて行かれた。店番の駄賃代わりに飯でもどうかと誘われたのだ。先輩の車で連れられて行ったのは、高校生のガキなんかが到底入る事のない「カフェ」だった。ウーズレーが停めてあるその店に入る。
「Oさん、キーマカレー三つね。あとコロナとクアーズ」
奥でピアノを弾いていた「Oさん」と呼ばれる店のマスターらしき男が僕に向かって言う。
「おめぇは何飲むんだよ」
高校生とはいえども一応は客である。そんな言い方ってあるだろうか。
真っ赤なレーヨンのシャツ、タイトな黒の皮パンにサスペンダー。グリスの効いたまるでとさかの様なリーゼント。
ハイライトの青い煙を旨そうに吐き出したあとでその男は言った。
「ビールなんか飲んでんじゃねぇよ、ごっついの行け。ごっついの」
注文などおかまいなしにグラスを三つ用意すると、綺麗に削られた大きな氷をそれぞれに一つずつ用意する。まるで何かの写真で見た雪山の様だ。するとその三つのグラスに「ワイルドターキー」を注いでゆく。おいおい、まだ夕方だぞ。
からかわれているのかとも思ったが冗談ではないらしい。
「勘弁して下さいよ、Oさん」などと言いながらも先輩二人はさっき頼んだビールをチェイサー代わりにして飲んでいる。
店を見渡すと大量のレコードとCDが目に入った。レコードの棚でも目立つ所にサム・クックとマーヴィン・ゲイのレコードが飾ってある。
そうか、店の名前でピンと来た。「WATTSTAX」ふぅん、ソウルが好きなのか。頼んだカレーを作る様子のないOさんにそれとなく聞いてみる。
「ワッツタックスって昔のソウルのライブでしたっけ。ウッドストックのR&B版みたいな」
すると、さっきまで渋い顔していたOさんが嬉しそうな顔をして言う。
「おめぇ、解ってんじゃねぇか。『アイアムサムバディー』だ」。

「WATTSTAX」とは「Stax」レーベルのアーティストがほぼ総出演した音楽フェスで1972年8月20日、ロスのコロシアムで約10万人の聴衆を集め行われた大イベントだ。

店の看板にはピアノを弾くフォレンス・シルバーが描かれている。その下に左から、「1999 MARLEY WAITS」の文字が入っている。
どういう意味なのかと聞くと、照れ臭そうにこう答えてくれた。

「意味なんて無ぇよ、プリンスとボブ・マーリーとトム・ウェイツだ」。

看板を見て店に入りサム・クックとマーヴィン・ゲイが出迎える。店内に流れる曲を聞いていれば、そこがどういう店なのか知ってる人にだけ解る。解る奴にだけ解るようになっているという「メッセージ」なのだという。

 その後、Oさんと親しくなった僕は店でバイトをさせてもらう事になるのだが。多分、僕の 人生に於いて最も影響を受けた人物と場所のなかのひとつなのだ。色々と教えてもらった。Oさんに、そこに集まる様々な人々に。音楽、アルコール、女。
高校生だった僕はあの場所で生き、育ち、大人になって行った。

今日、6月15日は「Oさん」の命日だ。
店を閉めてからしばらくした頃、くも膜下出血で倒れた。多分、アルコールのせいだろう。
なんとか復活し、新たに店を始めるまでに回復したのだが、それでも彼は飲み続けた。
二度目に倒れた時はもう助からなかった。
どうしてなんだろう。死ぬまで飲み続ける理由なんかあったのだろうか。

サム・クックやマーヴィン・ゲイ、オーティス・レディング。テディー・ペンターグラスやカーティス・メイフィールド。

そうか、そうだったのだろうか。
天国にいるソウルマンたちには逢えたのだろうか。
今頃、ピアノでも弾いて一緒に歌っているのだろうか。

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