2011年1月7日金曜日

独白。19

 陽射しはすっかり強くなっていて、日中ともなると逃げ場の無い熱気と揺らめきたつ陽炎にむせ返り、纏わり付くそれを冷えたビールで洗い流す。

夏だ。

 仕事を放棄した僕の側で、携帯電話が唸りを上げている。店のオーナーからだろう。午後になっても現われない僕と、すっかりがらんどうになってしまった事務所の様子に少しは狼狽えてるのであろうか。
僕は携帯電話の電源を切り、多少の罪悪感をごまかすために何本目かのビールを開ける。

いつだって、物の終わりなんて唐突なものなんだ。

今までもそうだったじゃないか、嫌な予感とか不安とかいうものはそれを感じ始めたときにはもうすでに手遅れで、絶対的な絶望としてすぐ傍らに寄り添っているものなのだ。気付いたときには遅いのだ。

 仕事柄飲む機会が多かったので、そうなると運転が出来ない。なので近くにアパートを借りて住んできた。実をいうと、まだ実家から通っていた頃、仕事帰りに見事に飲酒運転で捕まってしまったことがあり、それに懲りて以来ここに住んでいるのだ。
投げ出してしまったものに後ろ髪を引かれ、今から戻って謝ろうかとも考える。しかし、それよりも責任を放棄して得た、後ろめたい開放感に心地よさを憶えてしまっている。きっと、僕はもう限界なんだ。
今まで培ってきた、信頼や関係、人とのつながり、友人達。失ってしまう物もたくさんあるんだろう。だけどもういい、しばらく休ませてほしい。

 そのまま眠りについてしまったようで、気付いた頃にはもう辺りはすっかり薄暗くなっていた。窓からは夕方の涼しく濡れた空気が流れ込む。

ひとつだけ、気がかりな事がある。
今までも何度も心が折れそうになった事はあったのだが、そいつがぎりぎりのところで僕をつなぎ止めておいてくれたのだ。

 冷蔵庫を開け、中身の侘しさに舌打ちを一つしたあと、近くのコンビニへと向かう。まだだいぶ酔っている頭と躯の酔い冷ましの夕涼み、縺れる足で散歩のついでに、その気がかりな事のところへ。

しばらく歩くと青と白の看板が見えて来る。国道に面したそのコンビニを一本裏の国道と平行に伸びる裏道から目指す。仕事先にほど近いすっかり馴染みのコンビニである。
近づくにつれ、例の気がかりな事で頭はいっぱいになる。急かす気持ちが自然と歩幅を広くする。
しばらくすると遠くの方から僕を見つけたのか、何やら喚きながら近寄って来る影がある。その影は僕を確認すると歩みを小走りへと変え、真っすぐに僕の元へと駆け寄ってきた。
道路の真ん中であるという事に構いもせず、腹を上にして転げ回り、喉を鳴らし甘えてくる。

「ジョナ、ごめんな。ご飯まだでしょ」。

そう、気がかりだったのは子猫の頃から店の裏あたりに居着いている野良猫の「ジョナ」なのだ。
 
 そう言うのを理解したのかどうかは分からないが、僕の先を歩き、「早く」と言わんばかりにコンビニの方へと歩いて行く。僕が自動ドアを通るとそのドアの外に行儀良くちょこんと座り、猫だと騒ぐ人にもおくびもせず僕の買い物の様子をじっと見ている。まるで、目当てのものをちゃんと買ってくれたかチェックをしているようだ。
彼女が子猫の頃から毎日のように繰り返されているこの様子に、店員さんも慣れた様子で咎めるような事も言わない。
「今日も外で待ってますよ、からあげクンはいいんですか」。
と店員さんの口車に乗せられてついひとつ。そう、これが目当てなのだ。

猫缶とからあげクン、自分用の缶チューハイとウォッカを買う。

店を出ると、「待ってました」とばかりに甘い声で鳴き、それをねだる。
すこし離れた駐車場の隅で、チューハイの缶を開け、からあげを一緒に分けて食べる。きのうから何も食べていなかったのだろうか、猫缶もからあげもあっという間に平らげた。

満足したのだろうか、時々こちらに視線を向け何やらつぶやくように鳴いては、すぐ隣で喉を鳴らし満足そうに毛繕いをしている。

いつもと何も変わらない風景のはずなのだが、なんだか僕は自分の不甲斐なさで彼女に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

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