2010年7月31日土曜日

独白。12

 高校の頃、僕はろくな活動もしていない「フォークソング同好会」なるものに所属していた。エレキギターは禁止という訳の解らない決まり事のため名前ばかりの同好会だった。きもちが悪い、そもそもフォークソングなんて糞喰らえなのだ。放課後はアルバイトかバンドの練習、それでもなければ知り合いの洋服屋に入り浸り、店番をする代わりに置いてあるレコードを聴かせてもらう。とかそんなくだらない日々を過ごしていた。
 ある日、洋服屋の先輩とその友人にとある場所へと連れて行かれた。店番の駄賃代わりに飯でもどうかと誘われたのだ。先輩の車で連れられて行ったのは、高校生のガキなんかが到底入る事のない「カフェ」だった。ウーズレーが停めてあるその店に入る。
「Oさん、キーマカレー三つね。あとコロナとクアーズ」
奥でピアノを弾いていた「Oさん」と呼ばれる店のマスターらしき男が僕に向かって言う。
「おめぇは何飲むんだよ」
高校生とはいえども一応は客である。そんな言い方ってあるだろうか。
真っ赤なレーヨンのシャツ、タイトな黒の皮パンにサスペンダー。グリスの効いたまるでとさかの様なリーゼント。
ハイライトの青い煙を旨そうに吐き出したあとでその男は言った。
「ビールなんか飲んでんじゃねぇよ、ごっついの行け。ごっついの」
注文などおかまいなしにグラスを三つ用意すると、綺麗に削られた大きな氷をそれぞれに一つずつ用意する。まるで何かの写真で見た雪山の様だ。するとその三つのグラスに「ワイルドターキー」を注いでゆく。おいおい、まだ夕方だぞ。
からかわれているのかとも思ったが冗談ではないらしい。
「勘弁して下さいよ、Oさん」などと言いながらも先輩二人はさっき頼んだビールをチェイサー代わりにして飲んでいる。
店を見渡すと大量のレコードとCDが目に入った。レコードの棚でも目立つ所にサム・クックとマーヴィン・ゲイのレコードが飾ってある。
そうか、店の名前でピンと来た。「WATTSTAX」ふぅん、ソウルが好きなのか。頼んだカレーを作る様子のないOさんにそれとなく聞いてみる。
「ワッツタックスって昔のソウルのライブでしたっけ。ウッドストックのR&B版みたいな」
すると、さっきまで渋い顔していたOさんが嬉しそうな顔をして言う。
「おめぇ、解ってんじゃねぇか。『アイアムサムバディー』だ」。

「WATTSTAX」とは「Stax」レーベルのアーティストがほぼ総出演した音楽フェスで1972年8月20日、ロスのコロシアムで約10万人の聴衆を集め行われた大イベントだ。

店の看板にはピアノを弾くフォレンス・シルバーが描かれている。その下に左から、「1999 MARLEY WAITS」の文字が入っている。
どういう意味なのかと聞くと、照れ臭そうにこう答えてくれた。

「意味なんて無ぇよ、プリンスとボブ・マーリーとトム・ウェイツだ」。

看板を見て店に入りサム・クックとマーヴィン・ゲイが出迎える。店内に流れる曲を聞いていれば、そこがどういう店なのか知ってる人にだけ解る。解る奴にだけ解るようになっているという「メッセージ」なのだという。

 その後、Oさんと親しくなった僕は店でバイトをさせてもらう事になるのだが。多分、僕の 人生に於いて最も影響を受けた人物と場所のなかのひとつなのだ。色々と教えてもらった。Oさんに、そこに集まる様々な人々に。音楽、アルコール、女。
高校生だった僕はあの場所で生き、育ち、大人になって行った。

今日、6月15日は「Oさん」の命日だ。
店を閉めてからしばらくした頃、くも膜下出血で倒れた。多分、アルコールのせいだろう。
なんとか復活し、新たに店を始めるまでに回復したのだが、それでも彼は飲み続けた。
二度目に倒れた時はもう助からなかった。
どうしてなんだろう。死ぬまで飲み続ける理由なんかあったのだろうか。

サム・クックやマーヴィン・ゲイ、オーティス・レディング。テディー・ペンターグラスやカーティス・メイフィールド。

そうか、そうだったのだろうか。
天国にいるソウルマンたちには逢えたのだろうか。
今頃、ピアノでも弾いて一緒に歌っているのだろうか。

2010年7月24日土曜日

独白。11

 S病院に到着すると外来ではなく直接アルコール病棟のナースセンターへと案内された。そこには担当となる医者と看護士がすでに待ち構えていた。担当の医師は見るからに高齢で「どれくらい飲んだの」「具合はどうなの」と、間の抜けた質問をいくつかしたあと看護士達になにか指示をして両親と供にどこかへ行ってしまった。
「○○さんを担当させて頂くK野です。今からいくつか質問と治療の説明を少しさせて頂きますね」。
かんたんな病院の説明と入院時の注意を聞く。起床時間だの風呂の時間だことの今はとりあえず知らなくても良い事ばかりを続けてくる。入院や治療の目的、治療のプログラム。綴じられたいくつかの資料を渡され説明を受ける。決まり事なのだろうが、此処に連れられて来た時点ですでに相当弱っているので悠長に説明など聞いている余裕などは無い。そんなことよりも一刻も早く横になりたい。
「血液の検査をしますので、採血しますね」
そう言って僕の腕をまくり消毒をする。漂う消毒用のアルコールの匂いが鼻を突く。
もうそれだけで気持ちが悪くなり、なにか酸っぱいものが胸からせり上がってくる。
僕の腕にゴム管を巻き注射器の針を立ようと血管の場所を確かめているK野看護士に一瞬見とれてしまう。これがよくよく見ると色白で利発そうなきれいな女性なのだ。
平静を身に纏いその様子を眺めている僕を一瞬で引き戻すその声。
「ずいぶん暴れたみたいですねぇ、お話伺いましたよ。あ、左腕の方も見せてください」。
残念な事に命からがらでここに来るまでに二件の病院を渡り歩いてきたので髪はぼさぼさ髭は伸び放題。その上に見るに耐えない小汚い格好をしているのだ。
こんな所ではないもっとまともな形でこういう女性に出会えないものなのだろうか。
「○○さん。前の病院の検査の結果がひどいですね。死ななくて良かったですよ」
看護室のコンピューターの前で画面を眺めていた白髪まじりの男が話しかけてくる。どうやらここの看護長らしい。
「離脱症状があるみたいですね。今日はお薬を飲んでもらって、点滴をしますので取り敢えずよく休んで下さい」。
看護室には今の男ともう一人の男性看護士、それに3、4名の女性看護士。K堂の雰囲気とは違い仕事ぶりも明るく活気があるのが解る。なかには「だいじょ~ぶ~?まぁ、ゆっくりしてってね~あぁ良かったぁ若い人でぇ」などとまるで緊張感のない茶髪の看護士までいる。コスプレのキャバクラか、ここは。大丈夫なのだろうか。

 採血を終え一通りの説明を受けたあと、入院治療計画書を渡された。一緒に添えられた診断書には「三ヶ月程度の入院治療が必要」の文字が見える。
「三ヶ月か、長いな」そう思いながら焦点のまったく定まらない目で内容を読んでいると今度はボールペンを渡された。同意書の氏名の欄にサインを求められた。それに名前を書こうとするのだが震える手のせいで思う様にいかない。なんとか書き終えたそれを見る。まるでミミズかナメクジの這ったあと様な文字だ。
その情けなく並ぶ文字とガラスに映った自分の姿を交互に見つめているとなんだか急に惨めになってきた。
それを察したのかK野看護士が取り繕う様に言う。
「書きにくいですよね、ごめんなさい。だいじょうぶですよ○○さん。体がだいぶ辛そうですしねしょうがないですよね」。

嗚呼、こともあろうに看護士にではあるのだが
若くてきれいな年下の女性にこんな事で慰められるなんて。

まったく、惨めだ。
もういいから。お願いだからさっさと休ませてくれ。

2010年7月12日月曜日

独白。10

 ひさしぶりに親父の運転する車の後部座席に座りながら考える。いつ以来なんだろうか。車はK市へと向かっている。なんとか両親とK堂の医者を説得したのだ。ただ、任意での他院への入院を条件としてなのだが。任意入院とは措置入院(保護入院)とは違い強制ではない。自分の意志で入院しますという事だ。
僕が一晩中抵抗し、両親を説得したのに医者も根負けしたのかK市にあるS病院のアルコール依存症専門病棟に紹介状を書いてくれたのだ。


 子供の頃はよく家族四人で車で出掛けた。助手席に母、その後部座席にひとつ年下の弟、その隣に僕。お決まりの指定席だ。「男はいい車に乗るものだ」と言い、そんな余裕などないくせに親父はいつも高級車に乗りたがった。

トヨタクラウンロイヤルサルーン。当然ながら中古車だった。

だけれど僕も親父も弟もみんなそれを気に入っていた。座席は上等なソファーみたいに柔らかく深く、オートマ、クーラーにステレオにパワーウインドウ。おまけに冷蔵庫まで付いている。当時、団地住まいだった我が家。家中のどこよりも快適な空間だった。もともと、お金持ちの人のために自宅やホテルの一室に居るのと変わらない居住空間をという発想の車なのに、クーラーもソファーもない家に暮らす貧乏人が乗るなんて考えてみるとなんとも滑稽だ。

それでも家族はしあわせだった。休日には母が弁当をつくり父の運転で出掛けるのだ。車の冷蔵庫には冷たい飲み物も冷えている。それでよかったのだ。

 僕が中学に上がる年、両親は商売をはじめた。親戚の経営するホテルの一角で宿泊客や観光客相手のホテルラウンジということだが、派手なコンパニオン付き宴会客の二次会会場といったところだ。それとも地元の客にセット料金の安い酒を飲ませる要はカラオケスナックだ。
夜、家におとなが居なくなった我が家が「たまり場」になるのにそれほど時間は掛からなかった。もう、やりたい放題である。
家族のあいだにはだんだんと距離が増えていった。部活を終えて帰宅する頃には両親とも仕事に出ている。帰ってくるのは真夜中で、当然のように朝も顔を合わせることが少なくなっていった。
 何年かすると親父は新車に乗るようになった。やっぱりトヨタクラウン。マジェスタとかなんとかだったか忘れたが、それはもうしあわせな家族の象徴ではなく、田舎の成金の腕に輝く趣味の悪い金の時計かブレスレッドみたいなものだった。
その頃からだろうか、友人たちと集まっては酒を飲む様になったのは。放課後は不真面目な野球部員。彼女は居てもセックスするほどの勇気もない田舎の中学生たちは、ブルーハーツを聞きながら部屋に飾った酒瓶の種類の多さとか自分の吸ってるタバコがいかに強いかということを競い合ったり、盗んできたバイクをこそこそと乗り回すくらいしかやることが無いのだ。

 車は暖房が効いていてあたたかい。会話も無い中、真冬の景色を進んで行く。親父はあいかわらず今でもクラウンに乗っている。店をやめてから何年かが過ぎてそれは新車ではなくなったが、どこで見つけてきたのだろう、中古のクラウンだ。 

2010年7月9日金曜日

独白。9

『アルコール依存症診断基準』(アルコール依存症の定義)

「アルコールが切れると出現する症状」

・睡眠障害、不眠、悪夢、覚醒
・ふるえ(手指、躯幹)
・夜間の発汗、心悸亢進、不整脈
・情緒不安定、不安、希死念慮
・てんかん発作(断酒後48時間以内)
・せん妄状態
・意識混濁   
・幻視
・幻聴
・アルコール幻覚症(主に幻聴が持続する)


「精神神経症状、離脱症状」

従来は禁断症状と呼ばれていた。しかし、完全に酒を断たなくても、血中アルコール濃度の低下にともなって生じる症状なので、この用語が使用されるようになった。薬理学では退薬症候とも呼ばれる。(飲酒を中断させて6~96時間を経た時点で次のa~fの6つのうち、1つ以上の症状が認められる場合)

a)睡眠障害:飲酒しないと不穏、苦悶をともなった不眠を生じ、夜間しばしば覚醒し、悪夢をともない、熟睡感がない。

b)振戦:手指、躯幹の振戦を認める。なおその振戦は、もちろん諸種の神経疾患によるものと鑑別を必要とする.

c)自律神経障害:特に夜間、一度寝入ってから発作的な発汗があり、しばしば覚醒する。時に悪寒戦慄をともなう。持続的な心悸亢進を訴え、頻脈または不整脈を認める。

d)情緒障害:情緒過敏状態、高度の不安、希死念慮、支配観念としての強迫的飲酒欲求がある。

e)アルコール離脱けいれん発作:飲酒を突然中断した後(多くは、中断後48時間以内に)強直性-間代性のけいれん発作の臨床的および脳波的発作症状をおこした場合をいう。この場合、一次性てんかんおよびその他の意識障害を伴う発作性疾患を除外する。

f)離脱せん妄状態:飲酒を突然中断した後、意識混濁が生じ、無数の小動物視などの幻視、複数の会話調などの幻聴をともなうせん妄状態ないし、これに準じた状態になった場合をいう。


『飲酒行動の異常』(問題飲酒)

・負の強化への抵抗
・強迫的飲酒欲求による飲酒抑制困難
・連続飲酒発作の出現
・山型飲酒サイクル (飲酒→酩酊→入眠→覚醒→飲酒→酩酊→入眠)
・酒酔い運転、酒気帯び運転の反復
・仕事中の酩酊
・隠れ飲み
・酔うとからむ
・酔うと大暴れする
・毎日純アルコール150ml(清酒換算約5合)以上飲酒する
・短時間での大量飲酒
・テレホニスムス(不適当な時間・場所・距離の電話等)
・真性ディプソマニア(喝酒症)
・その他の飲酒が関与する行動異常


アルコール依存徴候を示す者は、長期経過の結果、以下のような障害を生ずる場合がある。


『アルコール関連精神神経的障害』

・アルコール精神病
・アルコール性てんかん様発作
・アルコール性幻覚症・振戦せん妄
・アルコール性痴呆
・アルコール性コルサコフ精神病
・アルコール性嫉妬妄想
・その他のアルコール精神病


『アルコール関連社会的障害』

・飲酒に関連した社会的地位の低下
・飲酒に関連した離婚やそのおそれ
・飲酒に関連した失職やそのおそれ
・飲酒を上司、配偶者、家族による非難
・飲酒、酩酊による警察保護
・飲酒、酩酊による保護以外の警察問題
・飲酒による欠勤
・飲酒に起因する度重なる転職
・その他飲酒による社会的障害


『アルコール関連身体障害』

「直接表現」
・アルコール性肝炎
・アルコール性小脳変性
・大脳萎縮(アルコール性痴呆)
・アルコール性弱視
・肝硬変
・脂肪肝

「間接表現」
・胃・十二指腸潰瘍
・心筋障害
・ペラグラ
・マロリー・ワイス症候群
・食道静脈瘤
・貧血
・脚気
・多発性神経炎
・膵炎
・血液凝固障害
・筋炎
・ウェルニッケ・コルサコフ症候群(糖尿代謝異常、陰萎など)
・脳炎(ニコチン酸欠乏症)
・その他アルコール起因性が疑われる高血圧、糖代謝異常、陰萎など。


      
       『久里浜式アルコールスクリーニングテスト』

「最近6ヶ月の間に次のようなことがありましたか」という質問が14項目ある。

①酒が原因で、大切な人(家族や友人)との人間関係にひびがはいったことがある。 ある3.7点  ない-1.1点

②せめて今日だけは酒を飲まないと思っても、つい飲んでしまうことが多い。 当てはまる3.2点  あてはまらないー1.1点

③周囲の人(家族、友人、上司など)大酒飲みと非難されたことがある。
ある2.3点  ない-0.8点

④酒量でやめようと思っても、つい酔いつぶれるまで飲んでしまう。 
当てはまる2.2点  あてはまらないー0.7点

⑤酒を飲んだ翌朝に、前夜のことをところどころ思い出せないことがしばしばある。 当てはまる2.1点 あてはまらない0.7点

⑥休日には、ほとんどいつも朝かr酒を飲む。  
あてはまる1.7点 あてはまらない0.4点

⑦二日酔いで仕事を休んだり、大事な約束を守らなかったりしたことがときどきある。 あてはまる1.5点  あてはまらないー0.5点

⑧糖尿病、肝臓病、または心臓病と診断されたり、その治療を受けたことがある。 ある1.2点  ないー0.2点

⑨酒がきれたときに、汗が出たり、手が震えたり、いらいらして不眠など苦しむことがある  ある0.8点  ない0.2点

⑩商売や仕事上の必要で飲む。 
よくある0.7点 時々ある0点 めったにない-0.2点

⑪酒を飲まないと寝付けないことが多い。 
あてはまる0.7点 あてはまらないー0.1点

⑫殆ど毎日3合以上の晩酌(ウイスキーなら1/4本以上、ビールなら大瓶3本以上)をしている あてはまる0.6点 あてはまらないー0.1点

⑬酒の上の失敗で警察のやっかいになったことがある ある0.5点 ない0点

⑭酔うといつも怒りっぽくなる あてはまる0.1点 あてはまらない0点

 以上のテストで合計点が0点以上が問題飲酒者、2.0点以上が重篤問題飲酒者である。2.0点以上の人はアルコール依存症である可能性が高いので、早いうちに精神科医に相談したほうがよいとされる。

これは、卵アレルギーを持っている人が一口でも卵を食べてはいけないのと同じ事なのだという。

http://www004.upp.so-net.ne.jp/sekiuchi/js/contents/kast.html

2010年6月29日火曜日

独白。8

 冷たく磨かれた床と壁を青白い安っぽい蛍光灯の明かりが照らす。重く低い天井の影になった部分は絶望的な闇を蓄えている。鼻を突く消毒液の匂いと、濡れた纏わり付くような空気。時折聞こえてくる獣のようなうめき声や突然の物音。

「ですから、○○さんの場合、保護入院という形ですので本人の意思では退院できないんですよ」
夜勤の看護士はさっきから同じ答えを繰り返すばかりだ。
「ご両親と主治医の了解がなければ無理です」そんな馬鹿な、ここは日本だぞ、そんなのありか。後々知るのだが、「保護入院」というのは、本人あるいは周辺に対し、危害を与えるような重篤な症状のある患者を本人の意思なしで拘束し、入院、保護出来る云々...という事らしい。そして、僕がいるところは「保護室」。
ベッドは無く、うすっぺらな布団と毛布。レバーの無い蛇口と便器があるだけの部屋は檻で囲まれている。監視カメラがあり、スピーカーとマイクでナース室とつながっている。用を足したら、看護士に申告し外部操作で水を出したり流す仕組みだ。部屋のドアには取っ手は無く、外からしか開けられない様になっている。

これは、本当にまずい事になってる。

 実は、精神病院に足を踏み入れたのは今回がはじめてではなかった。二十歳の頃、僕は東京で暮らしていた、その当時付き合っていた彼女が、かなりぶっ壊れた子で大変な思いをしたことがある。
その時、生まれてはじめて精神病院に行ったのだが、身元保証人、つまり保護する側であったのだ。
(この話、そうとうキてるので...機会があればそのうち書きたいと思う)
まさか、その自分が精神病院の世話になるとは思ってもみなかった。
 
 ここに一度入れられてしまうとどうなるか。過去に知っている僕は、どうにかしてここから出なくてはと考えを巡らせる。が、薬が効いているのか離脱症状なのかまったく頭が働かない。かといって、このまま入院なんて事はなんとしてでも避けなければならないのだ。とにかく、両親を呼んでもらえるよう医者か看護士に掛け合わなければ、親を説得するのだ。
 そんなことを考えていると、保護室のスピーカーから看護士の声がした。「どうですか、少し落ち着いたみたいですね。点滴をしますのでいまから伺いますね」そう告げ、しばらくしてから三人の看護士が入ってくる、三人掛かりとは随分厳重だな。「運ばれて来たときは大騒ぎだったんですよ。○○さん大きいから大変でしたよ」などと言われても、まったく憶えていない。
看護士の話だとこうだ、市立病院での検査中に突然暴れ出し、手に負えない状態になりK堂病院に連絡が来た。
「男性一名、アルコールによる離脱症状。こちらでは手に負えません、移送しますので保護よろしくお願いします」なんでも、さっきまでいたような一般の病院では患者に身の危険がある場合でも、拘束したりそれらの類いの処置ができないそうだ。そこで、精神病院の出番というわけだ。そういえば、そうだった。東京のときも一度救急車で救急外来に運ばれたあと、精神病院のスタッフがあとからやってきて、彼女を拘束具でぐるぐる巻きにして運んで行ったっけ。
 看護士が僕の右腕、肘のあたりにゴム管を巻き付ける。手首の甲骨張った中から血管を探し当て細い針を突き刺す。
「もう、点滴を打つ所がないのでちょっと痛いかもしれませんけど、我慢してくださいね」何度も点滴の針を引きちぎり、両腕の肘の裏の血管は傷だらけで赤むらさき色に腫れている、手の甲にまで針を打つなんて、まるでジャンキーみたいだ。
「すみません。うちの両親は」と話を切り出してみる。
「いま、別室で先生と話していらっしゃいますが」
どうやら、これからどうするのかを話し合っているようだ。
「呼んでもらうことはできますか、ちょっと話したいんですが」。

「お話が終わりましたら、そちらのインターフォンで呼んで下さい。ドアを開けに来ますから」。
看護士に連れられて母がやってきた。部屋の様子をひとしきり見回し、その異様さにため息をつき口をひらく。
「まったく、こんなところに入れられちまって。情けない」恥に塗れたような顔を向けてくる。「親父は?」どうしたのだろう、一緒に来ているはずだが。
「顔も見たくないって、あんた一体どうしちまったのさ」
返す言葉は見つからない。自分でもどうしたのか、どうなっちまったのかよく解ってないのである。だが、ここから何としてでも出してもらわなければならない。
「K堂はまずいんじゃない、もう大丈夫だからさ帰ろうよ」
そうは言われても、さっきまでの自分の息子の狂いっぷりを見ていたのである。それに応じるはずもなく、「とにかく、今夜はここで診てもらうから。もう遅いし、ここに泊まっていきなさい」。そう話す母に、何とか思いとどまってもらおうと食い下がる。徐々に言葉は熱を帯び、コントロールを失ってゆく。もう、こうなると訳がわからない。
 酒癖が悪いといわれる人が多くいるが、僕は決してそういうタイプではない。
よくあるような「酒買ってこんかい」と喚き散らし、女房の着物を質に入れてでも飲む。「おかあちゃん、今日のごはんは?」「おとうちゃんが全部呑んじまったよ」と、絵に描いたようなアル中。そういうタイプでもない。
飲んでいるときはご機嫌である。酒が切れる、つまり離脱症状の事なのだが、酔って暴れるよりもこっちの方が厄介なのだ。倒れてからアルコールを口にしていない僕は、知らずのうちにそういう状態にあったのだ。
「お母さん大丈夫ですか、落ち着いて下さい!」保護室に入ってくるなり僕を数人掛かりで押さえつけ、あっという間にベルトで手足を縛る。慣れたもので、見事である。

自分の目の前で、取り押さえられ、縛り上げられる息子を見せられるとは一体どんな気持ちなのだろうか。そのことを思うとなんとも情けない。

僕はとんでもない大バカ息子だ。

2010年6月19日土曜日

独白。7

 離脱症状の始まっていた僕は、時間や空間、現実と妄想の区別がつかなくなっていた。あらゆる感覚や思考、あたまの中のいろんな部分とからだとが、ばらばらになっているようだ。考えはまとまらず、整合性を失い自分が正気を保っているのかさえも解らなくなってきた。

 白いつるっとした機械の上に寝かされた。僕を寝かせた部分は、白い半円筒の中へと吸い込まれて行く。妙に現実離れした無機質な空間だ。きっと、これは脱出用のカプセルか何かだ。母船はもう沈みそうで、僕はひとり宇宙へと放り出されるのだ。部屋の外で何か機械を操作している男の姿が見えた。僕はそれを拒むのだが、男は大丈夫だという素振りとともに操作を続ける。筒の中のスピーカーから男の声がする。
「大丈夫です。しばらく動かないで、じっとしていて下さい」
男が扉を閉めスイッチをいれる。するとカプセルは低く鈍い音と共に動き出し宇宙へと射出された。僕はひとり母船を離れ静かに宇宙を漂い始める。僕は暴れもがくが、もうその声は男にも届かない。

 「CTのつぎは脳波測定です。そのあと、エコーもとっちゃいますね」。
この日、いくつかの検査があったのだ。「じゃあ、この椅子に座って下さい」椅子に座ると、あたまになにか、冷たいジェルのようなものを塗られた。そこに何十本もの電極のつながったコードを貼付けて行く。
まるで、何かの実験みたいだ。さらに、レンズの内側にLED灯のついたサングラスのようなものを付けさせられた。赤、黄、青の光を照射して、その刺激に対する脳の反応を調べる仕組みらしい。「では、はじめますね。目を閉じて下さい」。

チチッチチといった音に合わせ、まぶたのうらに鮮やかな光が明滅する。点滅のスピードや色を変え、断続的に脳に刺激をあたえる。
「ヤバいこれ、キマってたら楽しそうだな」なんて考えているうちに、さっきの妄想の続きへと引きずり込まれて行ってしまう。

 しばらく彷徨い、どこかへ不時着したのだろうか。カプセルは何者かに鹵獲され、僕は身柄を拘束されている。ベッドに寝かされた僕の周りで見た事のない姿をした人たちが何やら機械を操作している。宇宙人だろうか。信号の明滅のパターンや強さを変え、鮮やかな色彩と光の映像を脳裏に映し出す。その脳波を読み取り、コミュニケーションを取ろうとしているようだ。しかし、上手く行かない。彼らは機械の出力と周波数をどんどん上げて行く。「やめろ!やめてくれ!」

あまりの信号の強烈さに僕の意識は混乱してきた。
ヤバい、さっきから検査を遊園地のアトラクションか何かと勘違いしはじめている。

キマってなくても、ヤバかったのである。

「○○さん大丈夫ですか?だいぶ暴れたみたいですけど、どうですか気分は」
あたまの芯がずんと重たくぼっとしている。なんだかひんやりと冷たく、ずいぶんと薄暗いところだ。診察室だろうか、先ほどまでとは明らかに違う空気が漂っている。「すいません。あの、ここは、どこですか?」恐る恐る聞いてみると、「憶えてないんですか、市立病院から移送されて来たんですよ」と看護士は言う。そうだ、さっきまで、僕は検査を受けていたはずだ。

「K堂病院です。市立病院で検査中に錯乱状態に陥りこちらへ搬送されて来ました」。

K堂だと!?
僕は耳を疑った。

 K堂病院とは、地元では昔から有名な精神病院だ。「き○がい病院」として泣く子も黙るK堂病院。地元では、「黄色い救急車の病院に迎えに来てもらうよ!」とか「K堂に一度診てもらえ、このばか!」などと揶揄に出てくるような、違った意味でも有名な精神病院なのだ。

まずい。
これは大変な事になってしまった。

この狭い田舎街で精神病院に入院するというのは、とにかくまずいのだ。
「あいつ最近見かけないね」「K堂行っちまったらしいよ」「やっぱり、ついにぶっ壊れちまったか」なんて会話をよく耳にする。
このあたりでは、「精神病院」イコール「き○がい」なのである。酷い偏見かもしれないが、実際そんなものなのだ。
 僕の友人で、市立の病院にでも行けばいいものを、あろうことかK堂病院を受診してしまった子がいた。彼女は地元の出身ではなかったので、当然そんな事情など知らずにK堂に通ってしまったのだ。ただ不眠症に悩み、薬を処方してもらうためだけの通院だったにもかかわらずだ。

噂は広まり、あっという間に彼女は「き○がい」扱いだ。

気の毒だがしょうがない。
田舎では精神病院というところは、そんな場所なのだ。
心療内科に通うのですら躊躇してしまうような、そんな街なのだ。

だから、まずい。
いよいよ、僕はき○がいの仲間入りなのだろうか。

2010年6月15日火曜日

独白。6

 さっきからずっと、誰かのうめき声の様なものが聞こえている。低く唸る様なその声は、地の底から沸き上がる様に聞こえているかと思えば、急に耳元まで近付き僕のベッドの周りをぐるぐると回り出す。うるさいので何とかしてくれと、付き添ってくれている母に言うが、気にせずに眠れと言うばかりだ。
そうか、きっと病室の誰かの具合が良くないのだろう。それにしても、酷い声だ。
気を紛らわそうと窓の外に目をやる。外は良く晴れていて、病室の向かいにある山の稜線と空の青がコントラストになっていて美しい。山のはりつめた、鼻の奥を突き抜ける様な、真冬独特の空気を思い浮かべさせる。
 しばらく眺めていると、山の麓から数人の猟銃を抱えた男が沢を挟んで登って行くのが見えた。男たちの進む先に目をやると、数匹の茶色い生き物が見える。鹿だ。その群れからはぐれた鹿を、男たちが追う。親子の様に見えるその鹿を仕留めようと、山の裾からさらに数人のハンターが登って行くのが見える。僕は少し興奮して、付き添っている母に言った。
「見てよ、鹿の親子が撃たれちゃう。かわいそうだ」
母は不思議そうな顔をして窓の先を見たあと、僕の顔を見て言う。
「あんたは心配しなくていいから。少し寝てなさい」。
そう言うと、窓のカーテンを引いた。

 付き添っている母がマスクをしている。マスクから覗く目のまわりが、歌舞伎の隈取りの様に赤い。どうしたのだろうと、思っているとそこに親父が入ってきた。見ると、親父もマスクを付け、目の周りを隈取りの様に赤くしている。よくよく気付いてみると、僕以外の看護士や他の患者、みな同じ様にマスクを掛け隈取りをしている。
僕は気味が悪くなり視線を天井に移した。みんなしてどうしたのだろうか、何か悪い病気でも流行り出したのだろうか。
 そんな事に考えをめぐらせ、しばらく天井を眺めていると、今度は天井のパネルの模様が気になりだした。
白い天井の、一つひとつが水にもどす前の乾燥わかめのような黒い模様。
天井中に、一見ばらばらではあるが、ある規則にそって整然と並んでいる模様。
じっと、よく見るとそれは動いている。ゆっくりとだが、水にもどりゆくように。
何かの映像で見た、顕微鏡の中のバクテリアか原始的な生物のように。
近付き、お互いはひとつになり、大きくなる。それを何度か重ね、ある程度の大きさになる。すると、自らの重さに耐えられなくなるのだろう、天井から落ちてくる。ちょうど、ゆっくりと大きくなって地面に墜ち、飛び散る雨垂れのようだ。 

 飛び散った飛沫はゆっくりと移動し、ふたたび天井で集まり、またそれを繰り返す。なんだか、この世界の理を、縮図にして見せてくれているようだ。
 
 どれくらい眺めていただろうか、ふと、さっきの鹿の事が気になり、身を乗り出してカーテンを開け、向いの山に目を凝らす。するとどうだろう、さっきまで、数人であったハンターはいつの間にか何十人にもなり、群れとなって鹿の親子のいる沢を取り囲み、追い込み、確実に登ってゆく。
反対側からは、自衛隊だろうか、緑の迷彩色の集団が登って行く。
「何の騒ぎだろう。演習か何かの訓練なのかな」などと思いながら眺めていると、次の瞬間。
「ズドン」
なんと、その緑の迷彩の部隊が反対側の沢に居るハンターたちに向け発砲し始めた。

僕は叫ぶ。

「大変だ、密猟者かな」「見たでしょ、今、撃ったよね」「戦争?」。

母は、困った様な顔をして僕を見ていた。