腰をかけたベンチから、小さな運動場を挟んだ向かい側に病棟が見える。外来の病棟と閉鎖病棟だ。僕の居るアルコール病棟は別棟で「アルコールセンター」として独立している。それにしても「センター」とは。
山梨県はワインの生産地として有名で「山梨ワインセンター」なるものが存在する。前に見学に訪れたことがあるのだが、こちらは生産、販売などの技術支援等いかに山梨ワインが素晴しいものなのかということの研究と普及啓蒙を行っている。
依存症を克服し更生支援のための「アルコールセンター」。一方ではアルコールを醸造し販売し依存症者を増やす支援のための「ワインセンター」。
どちらもほかに名付けようは無かったのだろうか。
タバコを数本吸い切る頃、母親くらいの年の看護師が僕をみつけて小走りに近づいてきた。「○○さん、食事が済んだら検査ですよ」
ああ、そうだった。すっかり忘れていた。
「となりの病棟の心理室に行って下さい。そこで担当の先生が待ってますから」。
場所が分からないと聞くと、売店の向かいを入って左側のドアだという。売店の場所は知っているのでなんとかなるだろう。空になりかけているタバコの箱を見つめ、検査の帰りに売店にでも寄ってみることにする。そういえば病院という所はタバコを売っているものなのだろうか。小銭を取りに病室に戻ろうと立ち上がろうとすると一瞬目の前が暗くなり締め付けるような鈍い頭痛が走った。何日かぶりだからなのだろうか久々のタバコにひどく酔ってしまったようだ。
病室に戻ると今度は別の看護師がやって来て慌ただしく言う。採血を取るので看護室に来いと、午前中は点滴を打つので早く検査を済ませて来いとの事だ。なんとも忙しい。
精神科と言ってもここのアルコールセンターは解放病棟になっていて基本的には出入り自由だ。許可さえもらえば施設外への外出も出来るという。近くにコンビニとかスーパーもあるらしい。ここに運ばれて来た時、どこをどう通ってやって来たのか全く憶えていないのでS病院がK市のどこにあるのかもさっぱり見当がついていないのだが。採血用の細い注射針を見つめながら「飲みたくなったらコンビニか」などとふと過る考えを振り払い、言われた通りに検査へ向かうことにする。
売店の前まで行き物色するようにそれとなく中を覗いてみる。中では若い女性職員が忙しそうに働いていた。朝食のあとの朝の売店は混むのだろうか、レジに列ぶ患者達はジュースや菓子パンなど思い思いの品物を手にしている。「朝食の後なのに良く食えるな」などと思いながらガラス越しに見ていると女性職員と一瞬目が合う。
「よし、検査が終わったら売店だな」とポケットの中の小銭を確かめる。
「心理室」と書かれた一室のドアを叩くと中から「どうぞ」と声がする。部屋の正面の机に腰掛ける中年の女医に検査を受けに来たとの旨を伝える。さらに右奥の部屋に案内され、白いシーツの掛かった診察台に腰を下ろす。女医は長々とカルテを眺めた後で言う。
「大変だったわね、生きてて良かったわ」そう言われるのも何度目なのだろう。上着を脱ぐように言われ診察台に横になる。エコー検査といって、音波を当て内蔵の様子を見るらしい。
「はい、ちょっと冷たいかもしれないですよ」と女医。ジェルのような透明な液体をゴム手袋をはめた手にとる。それを僕の腹部に塗った後あとなにやらハンドマッサージの器具のような物をみぞおち辺りに当がいモニターをみつめながら続ける。
「あら、やっぱり随分肥大してるわね、ちょっとここは痛む?ここは?」
と、みぞおちの中心から右脇腹の腰の近くまでをまんべんなく指先で押しながら聞いてくる。
「はい、これ見て。これがあなたの肝臓ね、ここからここまで。普通の人はね、これ位」と自分の手のひらを指を小さく揃えて見せてくる。
「ここが胃で普通ならこの裏側、ちょっと下あたりに隠れるくらいね」
女医の指差すモニターに目をやる。
「それが見て、あなたのはここからここまでが肝臓、完全に肥大してるわよ」
見ると、さっき触られたみぞおちの中心から右腹部、それに腰のあたりまでが白い影のような映像で埋め尽くされている。もう、腹部の大半を肝臓が占めているのだ。
それを見てぞっとした。フォアグラなんてものじゃない。
「ここまでくると肝炎一歩手前ね。脂肪肝でなんとか済んでるみたいだけど、もう一滴も飲んじゃ駄目だよ」。
ふと、とある本の冒頭の一文が頭に浮かんだ。
『私は禁酒をしようと思っている。このごろの酒は、ひどく人間を卑屈にするようである。昔は、これに依っていわゆる浩然之気を養ったものだそうであるが、今は、ただ精神をあさはかにするばかりである。近来私は酒を憎むこと極度である。いやしくも、なすあるところの人物は、今日此際、断じて酒杯を粉砕すべきである。』
それは、太宰 治の「禁酒の心」の冒頭部分である。
2010年9月5日日曜日
2010年8月30日月曜日
独白。14
病院の朝は「ラジオ体操」ではじまる。6時の起床とともに患者、職員が中庭に集まり、まだ暗い冬の朝CDデッキの伴奏にあわせて体操をする。昨日は体調が悪く、結局食事もとらずに寝てしまって知らなかったのだが、それにしても入院早々朝はやくからこんな目に遭うとは。まさか毎日の日課なのだろうか、真冬の寒風吹きすさぶまだ薄明かりの中「ラジオ体操」だなんてとてもじゃないが付き合ってられない。よくよく見回してみると入院患者は中年から初老の男性が多く、その中に数人の女性の患者が混じっている。どの顔も一癖も二癖もありそうな面構えの連中だ。しこたま酒を喰らい、せいぜい人様に迷惑をかけた挙げ句にここまでやって来たのだろう。長年アルコールでぼろぼろにしてきた体に何を今更「ラジオ体操」なものか。体中が「肝硬変」のように強ばった体で思い思いの体操を踊る姿は、まるで泥人形か明け方の墓地によみがえった屍のようだ。とてつもなく切れの悪いマイケル・ジャクソンのスリラーの出来損ないようにも見える。
きのうのK野さんが患者達の前に立ち手本をとって体操を続ける。まだ暗く蒼い朝にその白い看護服のコントラストが切り取ったように浮かび上がり、常人としての境界線を纏っているかのように凛として躍動を続ける。まるでこちらを寄せ付けないオーラを放つ一点の迷いも無いその運動に見蕩れてしまう。一瞬音はかき消されて刹那、僕ら患者は影になり中庭のそれはただの風景になる。永遠とも思える絶望的な距離がその間には横たわっている。
そのまま泥人形の一行は食堂へと向かう。ぞろぞろと向かう。だらだらと向かう。
「206号室は食事当番ですよ」との声がする。どうやら患者自身が食事の準備をするらしい。食堂に行くと各々のテーブルに名前が貼ってあるので自分の名前を探し出し席に着くがどうやら座っているのは僕だけのようだ。皆、何やらそれぞれ仕事があるらしく忙しなく動き回っている。食事となったとたんのその動きはさっきまでの泥人形のそれとはうって変わり、実に手際の良い見違えるほどのものだった。
「なんだこいつら、動けるんじゃないか」思わず心の中で呟いてしまった。さっきまでとの変わり様を思ったら何だか酷く滑稽だ。
ある者はテーブルを拭き調味料や布巾を並べ、ある者はトレイに載せられた食事を配ってまわる。ほかの者も配膳台に用意されたお茶を汲もうと湯飲みやらカップを持って並んでいる。
「みなさん準備はよろしいですか」と当番らしき男。他の患者も席に付いたという所でそれをさえぎる声。「えぇ、みなさんちょっといいですか。昨日から入所されました○○さんに一言自己紹介を」と看護長らしき男。そうか、そういえばそんなこと昨日言われたな、けれど一言と言われてもこれといって思い浮かばない。
「はじめまして。○○と言います。よろしくおねがいします」と気のない挨拶をするとさっきの男が短い紹介を付け加える。すると患者達から拍手が起こった。挨拶しただけなのに拍手だなんて、そういう決まり事なのだろうが照れくさいし気持ちが悪いのでやめてくれ。
あらためて当番の男が仕切り直し、その号令で朝食がはじまった。そこで気が付いたのだがみんな各々自分の箸とコップを用意しているのだ。箸とコップはどうやら自前らしい。中には冗談のつもりなのか、それとも酒を止める気など毛頭ないのだろうか「一番搾り」と書かれたビアマグを湯飲み代わりにしている強者までいる。一生やってろ。
僕が箸もコップもなくどうしようかと思案に暮れているとさっきの号令の男が給湯室にあるからと箸とお茶をわざわざ用意してくれた。男に礼を言い用意された食事に箸をつけようとするが全く食欲がない。目の前に置かれた湯気を立てる食べ物の匂いにむしろ咽せ返ってしまいそうだ。しばらくそのまま結局何も手に付けられないでいるうちに食事の時間は終わってしまった。薬が飲めないからと食べる様に看護師に言われたが食えないものはしょうがないのだ。
先に食事を済ませた者から看護室のカウンターで薬を受け取り看護師の確認のもと服用する。一応はちゃんと服用したかどうかを確認するようだがどうやらそれも曖昧な様子だ。
こうして入院最初の朝を迎えた。あいかわらず意識は薄い靄掛かったようではっきりとしない。昨日は知らぬ間に眠ってしまったようで両親はとりあえずの荷物を取りに家へ戻ったとの事だった。
ひさしぶりにとタバコの吸える場所を中庭に見つけて火をつける。いつのまにか明るくなった中庭の運動場のベンチに腰を下ろして考えてみる。
どうしてなんだろう。今のいままで生きて来て、一体何がどうやら解らなくなってしまって。朝日に照らされて濡れる、浮かぶ雲さえ泣いているように見えた。
きのうのK野さんが患者達の前に立ち手本をとって体操を続ける。まだ暗く蒼い朝にその白い看護服のコントラストが切り取ったように浮かび上がり、常人としての境界線を纏っているかのように凛として躍動を続ける。まるでこちらを寄せ付けないオーラを放つ一点の迷いも無いその運動に見蕩れてしまう。一瞬音はかき消されて刹那、僕ら患者は影になり中庭のそれはただの風景になる。永遠とも思える絶望的な距離がその間には横たわっている。
そのまま泥人形の一行は食堂へと向かう。ぞろぞろと向かう。だらだらと向かう。
「206号室は食事当番ですよ」との声がする。どうやら患者自身が食事の準備をするらしい。食堂に行くと各々のテーブルに名前が貼ってあるので自分の名前を探し出し席に着くがどうやら座っているのは僕だけのようだ。皆、何やらそれぞれ仕事があるらしく忙しなく動き回っている。食事となったとたんのその動きはさっきまでの泥人形のそれとはうって変わり、実に手際の良い見違えるほどのものだった。
「なんだこいつら、動けるんじゃないか」思わず心の中で呟いてしまった。さっきまでとの変わり様を思ったら何だか酷く滑稽だ。
ある者はテーブルを拭き調味料や布巾を並べ、ある者はトレイに載せられた食事を配ってまわる。ほかの者も配膳台に用意されたお茶を汲もうと湯飲みやらカップを持って並んでいる。
「みなさん準備はよろしいですか」と当番らしき男。他の患者も席に付いたという所でそれをさえぎる声。「えぇ、みなさんちょっといいですか。昨日から入所されました○○さんに一言自己紹介を」と看護長らしき男。そうか、そういえばそんなこと昨日言われたな、けれど一言と言われてもこれといって思い浮かばない。
「はじめまして。○○と言います。よろしくおねがいします」と気のない挨拶をするとさっきの男が短い紹介を付け加える。すると患者達から拍手が起こった。挨拶しただけなのに拍手だなんて、そういう決まり事なのだろうが照れくさいし気持ちが悪いのでやめてくれ。
あらためて当番の男が仕切り直し、その号令で朝食がはじまった。そこで気が付いたのだがみんな各々自分の箸とコップを用意しているのだ。箸とコップはどうやら自前らしい。中には冗談のつもりなのか、それとも酒を止める気など毛頭ないのだろうか「一番搾り」と書かれたビアマグを湯飲み代わりにしている強者までいる。一生やってろ。
僕が箸もコップもなくどうしようかと思案に暮れているとさっきの号令の男が給湯室にあるからと箸とお茶をわざわざ用意してくれた。男に礼を言い用意された食事に箸をつけようとするが全く食欲がない。目の前に置かれた湯気を立てる食べ物の匂いにむしろ咽せ返ってしまいそうだ。しばらくそのまま結局何も手に付けられないでいるうちに食事の時間は終わってしまった。薬が飲めないからと食べる様に看護師に言われたが食えないものはしょうがないのだ。
先に食事を済ませた者から看護室のカウンターで薬を受け取り看護師の確認のもと服用する。一応はちゃんと服用したかどうかを確認するようだがどうやらそれも曖昧な様子だ。
こうして入院最初の朝を迎えた。あいかわらず意識は薄い靄掛かったようではっきりとしない。昨日は知らぬ間に眠ってしまったようで両親はとりあえずの荷物を取りに家へ戻ったとの事だった。
ひさしぶりにとタバコの吸える場所を中庭に見つけて火をつける。いつのまにか明るくなった中庭の運動場のベンチに腰を下ろして考えてみる。
どうしてなんだろう。今のいままで生きて来て、一体何がどうやら解らなくなってしまって。朝日に照らされて濡れる、浮かぶ雲さえ泣いているように見えた。
2010年8月10日火曜日
独白。13
病室は看護室から目の届く一階の一室。入院の初期、不安定になりやすい新人のための特等席だ。点滴や検査の類いの必要な患者は近くに居た方が看護師達にも都合が良いのだろう。
「○○さん。食事の時間にほかの患者さんに紹介しますので一言ご挨拶お願いしますね」
食事か。しばらく何も口にしていないが食欲はない。食事と聞いただけで何か酸っぱいものが込み上げてきそうだ。
「まだ食べられないかもしれないけど、少しでも、ね」
K野さんが点滴のための消毒ガーゼを当てながらそう言う。こんな状態であるにも関わらず男というのはしょうがない。本当ならこうして会話をしているのも億劫なのに「大丈夫です」などと言ってのける。これがうちの母親ほどの年齢のほかの看護師か、あるいは男性職員であったなら口もきかずに「具合が悪い」とたぬき寝入りでもしていただろう。
「一週間は、一日二回の点滴をしますね。あと、尿検査と血液検査、腹部エコーと脳波測定。落ち着いて来たら院内施設の説明と案内も」
やれやれ、である。またあの頭のチカチカするやつとかやらされるのかと思い、ここに来る前にもやったはずだと説明したのだが話に聞くと前の病院では、まるで検査にならなかったのだという。離脱症状で狂人と化した僕は、検査中終止暴れ続け結局手に負えずこうして此処に移送されたのだった。何となくだが憶えている。ああ、あの検査は失敗に終わったのか。
あらためて病室を見渡すとそこには僕以外に二人の患者がいる。六人部屋に四つのベッドが置かれたその部屋。僕の隣のベッドには生きているのか寝たきりでまるで動かない老人。足を向けた向かいには、何やらしきりに動き回る落ち着きの無い男。まあ良い、どうでも。運ばれて来て最初は離脱症状により酷い状態の者も多いらしく、たいがいは例の保護室に入れられるのだという。もうあんな所に押し込められるのは勘弁して欲しい、それに比べてれば随分ましだ。だいたい僕は二、三日入院し養生したら折りを見て退院するつもりでいるのだ。三ヶ月も居座るつもりなど毛頭ない。
しばらくして母親が戻って来た。親父の姿がない。どうしたのかと聞くと車で寝ているのだという。二人ともこのところ夜もろくに眠れていなかったのだろう、母親は憔悴しきった顔をしていた。
「売店があったから必要なもの買いに行くけど何か欲しいものある」
慌ててこっちに来てしまったのだろう、何も持たずに出て来てしまったらしい。
「コーヒーが飲みたい」
「はいはい、コーヒーね」
母親はすれ違う看護師や患者たちにいちいち頭を下げながら廊下を売店へと歩いていった。その背中が随分と小さく見えた。
両親とも昔の男女にしては大柄な方だ。二人は高校の同級生で父はバレーボール、母はバスケットボールの選手で、二人とも揃ってインターハイの全国大会へ行ったのだという。昔、選手団の集合写真を自慢げに見せられた記憶がある。息子の僕が言うのも変だが、若く美しかった頃の二人がそこには映っていた。その後二人は一緒になり僕が生まれた。両親が結婚してまもなくの頃、母は一度流産しており二十六歳の時にようやく授かった子だったという。
僕は逆子で帝王切開の後、斜頸で生まれて来た。首が右に大きく曲がったまま胎内で育ってしまったのだ。事あるごとに、「生まれながらにしての親不孝者だ」などと冗談まじりに言われたものである。両親は生まれて間もない僕のために県立病院に通い曲がった首を矯正し治療を受けさせてくれた。当時はろくな治療もせずそのまま放置されたままの子供も多かったらしい。そういえば、小学校のころ首の曲がった子供が何人かいて、ある時そのなかのある子のことを馬鹿にしたようなこと言っていじめたことがある。そんな僕を母は赤ん坊のころの写真を見せて酷く叱った。そんな写真と一緒に実家の古い箪笥の引き出しには何通かの手紙と父の古い手帳があり、それらは僕のへその緒とともに大切に仕舞ってある。母の友人からと思しき手紙には、流産の件、その後の懐妊の件そして出産のお祝いの言葉が綴られ、父の手帳には僕の生まれた日のページにこんな言葉が記してあった。
「新しい一日、新しい命と。これからは家族三人で」
そうなのだ、僕は望まれて生まれてきた命だったのだ。
小さくなってしまった母親の背中を見ながらそんなことを思ってしまう。つくづくと思ってしまう。まだ小さな僕を腕に抱き、あのころのふたりはどんな未来を想い描いていたのだろうか。どんな夢を語り合ったのだろうか。
嗚呼、そして僕は今、なんという親不孝な息子なのだろうか。
「○○さん。食事の時間にほかの患者さんに紹介しますので一言ご挨拶お願いしますね」
食事か。しばらく何も口にしていないが食欲はない。食事と聞いただけで何か酸っぱいものが込み上げてきそうだ。
「まだ食べられないかもしれないけど、少しでも、ね」
K野さんが点滴のための消毒ガーゼを当てながらそう言う。こんな状態であるにも関わらず男というのはしょうがない。本当ならこうして会話をしているのも億劫なのに「大丈夫です」などと言ってのける。これがうちの母親ほどの年齢のほかの看護師か、あるいは男性職員であったなら口もきかずに「具合が悪い」とたぬき寝入りでもしていただろう。
「一週間は、一日二回の点滴をしますね。あと、尿検査と血液検査、腹部エコーと脳波測定。落ち着いて来たら院内施設の説明と案内も」
やれやれ、である。またあの頭のチカチカするやつとかやらされるのかと思い、ここに来る前にもやったはずだと説明したのだが話に聞くと前の病院では、まるで検査にならなかったのだという。離脱症状で狂人と化した僕は、検査中終止暴れ続け結局手に負えずこうして此処に移送されたのだった。何となくだが憶えている。ああ、あの検査は失敗に終わったのか。
あらためて病室を見渡すとそこには僕以外に二人の患者がいる。六人部屋に四つのベッドが置かれたその部屋。僕の隣のベッドには生きているのか寝たきりでまるで動かない老人。足を向けた向かいには、何やらしきりに動き回る落ち着きの無い男。まあ良い、どうでも。運ばれて来て最初は離脱症状により酷い状態の者も多いらしく、たいがいは例の保護室に入れられるのだという。もうあんな所に押し込められるのは勘弁して欲しい、それに比べてれば随分ましだ。だいたい僕は二、三日入院し養生したら折りを見て退院するつもりでいるのだ。三ヶ月も居座るつもりなど毛頭ない。
しばらくして母親が戻って来た。親父の姿がない。どうしたのかと聞くと車で寝ているのだという。二人ともこのところ夜もろくに眠れていなかったのだろう、母親は憔悴しきった顔をしていた。
「売店があったから必要なもの買いに行くけど何か欲しいものある」
慌ててこっちに来てしまったのだろう、何も持たずに出て来てしまったらしい。
「コーヒーが飲みたい」
「はいはい、コーヒーね」
母親はすれ違う看護師や患者たちにいちいち頭を下げながら廊下を売店へと歩いていった。その背中が随分と小さく見えた。
両親とも昔の男女にしては大柄な方だ。二人は高校の同級生で父はバレーボール、母はバスケットボールの選手で、二人とも揃ってインターハイの全国大会へ行ったのだという。昔、選手団の集合写真を自慢げに見せられた記憶がある。息子の僕が言うのも変だが、若く美しかった頃の二人がそこには映っていた。その後二人は一緒になり僕が生まれた。両親が結婚してまもなくの頃、母は一度流産しており二十六歳の時にようやく授かった子だったという。
僕は逆子で帝王切開の後、斜頸で生まれて来た。首が右に大きく曲がったまま胎内で育ってしまったのだ。事あるごとに、「生まれながらにしての親不孝者だ」などと冗談まじりに言われたものである。両親は生まれて間もない僕のために県立病院に通い曲がった首を矯正し治療を受けさせてくれた。当時はろくな治療もせずそのまま放置されたままの子供も多かったらしい。そういえば、小学校のころ首の曲がった子供が何人かいて、ある時そのなかのある子のことを馬鹿にしたようなこと言っていじめたことがある。そんな僕を母は赤ん坊のころの写真を見せて酷く叱った。そんな写真と一緒に実家の古い箪笥の引き出しには何通かの手紙と父の古い手帳があり、それらは僕のへその緒とともに大切に仕舞ってある。母の友人からと思しき手紙には、流産の件、その後の懐妊の件そして出産のお祝いの言葉が綴られ、父の手帳には僕の生まれた日のページにこんな言葉が記してあった。
「新しい一日、新しい命と。これからは家族三人で」
そうなのだ、僕は望まれて生まれてきた命だったのだ。
小さくなってしまった母親の背中を見ながらそんなことを思ってしまう。つくづくと思ってしまう。まだ小さな僕を腕に抱き、あのころのふたりはどんな未来を想い描いていたのだろうか。どんな夢を語り合ったのだろうか。
嗚呼、そして僕は今、なんという親不孝な息子なのだろうか。
2010年7月31日土曜日
独白。12
高校の頃、僕はろくな活動もしていない「フォークソング同好会」なるものに所属していた。エレキギターは禁止という訳の解らない決まり事のため名前ばかりの同好会だった。きもちが悪い、そもそもフォークソングなんて糞喰らえなのだ。放課後はアルバイトかバンドの練習、それでもなければ知り合いの洋服屋に入り浸り、店番をする代わりに置いてあるレコードを聴かせてもらう。とかそんなくだらない日々を過ごしていた。
ある日、洋服屋の先輩とその友人にとある場所へと連れて行かれた。店番の駄賃代わりに飯でもどうかと誘われたのだ。先輩の車で連れられて行ったのは、高校生のガキなんかが到底入る事のない「カフェ」だった。ウーズレーが停めてあるその店に入る。
「Oさん、キーマカレー三つね。あとコロナとクアーズ」
奥でピアノを弾いていた「Oさん」と呼ばれる店のマスターらしき男が僕に向かって言う。
「おめぇは何飲むんだよ」
高校生とはいえども一応は客である。そんな言い方ってあるだろうか。
真っ赤なレーヨンのシャツ、タイトな黒の皮パンにサスペンダー。グリスの効いたまるでとさかの様なリーゼント。
ハイライトの青い煙を旨そうに吐き出したあとでその男は言った。
「ビールなんか飲んでんじゃねぇよ、ごっついの行け。ごっついの」
注文などおかまいなしにグラスを三つ用意すると、綺麗に削られた大きな氷をそれぞれに一つずつ用意する。まるで何かの写真で見た雪山の様だ。するとその三つのグラスに「ワイルドターキー」を注いでゆく。おいおい、まだ夕方だぞ。
からかわれているのかとも思ったが冗談ではないらしい。
「勘弁して下さいよ、Oさん」などと言いながらも先輩二人はさっき頼んだビールをチェイサー代わりにして飲んでいる。
店を見渡すと大量のレコードとCDが目に入った。レコードの棚でも目立つ所にサム・クックとマーヴィン・ゲイのレコードが飾ってある。
そうか、店の名前でピンと来た。「WATTSTAX」ふぅん、ソウルが好きなのか。頼んだカレーを作る様子のないOさんにそれとなく聞いてみる。
「ワッツタックスって昔のソウルのライブでしたっけ。ウッドストックのR&B版みたいな」
すると、さっきまで渋い顔していたOさんが嬉しそうな顔をして言う。
「おめぇ、解ってんじゃねぇか。『アイアムサムバディー』だ」。
「WATTSTAX」とは「Stax」レーベルのアーティストがほぼ総出演した音楽フェスで1972年8月20日、ロスのコロシアムで約10万人の聴衆を集め行われた大イベントだ。
店の看板にはピアノを弾くフォレンス・シルバーが描かれている。その下に左から、「1999 MARLEY WAITS」の文字が入っている。
どういう意味なのかと聞くと、照れ臭そうにこう答えてくれた。
「意味なんて無ぇよ、プリンスとボブ・マーリーとトム・ウェイツだ」。
看板を見て店に入りサム・クックとマーヴィン・ゲイが出迎える。店内に流れる曲を聞いていれば、そこがどういう店なのか知ってる人にだけ解る。解る奴にだけ解るようになっているという「メッセージ」なのだという。
その後、Oさんと親しくなった僕は店でバイトをさせてもらう事になるのだが。多分、僕の 人生に於いて最も影響を受けた人物と場所のなかのひとつなのだ。色々と教えてもらった。Oさんに、そこに集まる様々な人々に。音楽、アルコール、女。
高校生だった僕はあの場所で生き、育ち、大人になって行った。
今日、6月15日は「Oさん」の命日だ。
店を閉めてからしばらくした頃、くも膜下出血で倒れた。多分、アルコールのせいだろう。
なんとか復活し、新たに店を始めるまでに回復したのだが、それでも彼は飲み続けた。
二度目に倒れた時はもう助からなかった。
どうしてなんだろう。死ぬまで飲み続ける理由なんかあったのだろうか。
サム・クックやマーヴィン・ゲイ、オーティス・レディング。テディー・ペンターグラスやカーティス・メイフィールド。
そうか、そうだったのだろうか。
天国にいるソウルマンたちには逢えたのだろうか。
今頃、ピアノでも弾いて一緒に歌っているのだろうか。
ある日、洋服屋の先輩とその友人にとある場所へと連れて行かれた。店番の駄賃代わりに飯でもどうかと誘われたのだ。先輩の車で連れられて行ったのは、高校生のガキなんかが到底入る事のない「カフェ」だった。ウーズレーが停めてあるその店に入る。
「Oさん、キーマカレー三つね。あとコロナとクアーズ」
奥でピアノを弾いていた「Oさん」と呼ばれる店のマスターらしき男が僕に向かって言う。
「おめぇは何飲むんだよ」
高校生とはいえども一応は客である。そんな言い方ってあるだろうか。
真っ赤なレーヨンのシャツ、タイトな黒の皮パンにサスペンダー。グリスの効いたまるでとさかの様なリーゼント。
ハイライトの青い煙を旨そうに吐き出したあとでその男は言った。
「ビールなんか飲んでんじゃねぇよ、ごっついの行け。ごっついの」
注文などおかまいなしにグラスを三つ用意すると、綺麗に削られた大きな氷をそれぞれに一つずつ用意する。まるで何かの写真で見た雪山の様だ。するとその三つのグラスに「ワイルドターキー」を注いでゆく。おいおい、まだ夕方だぞ。
からかわれているのかとも思ったが冗談ではないらしい。
「勘弁して下さいよ、Oさん」などと言いながらも先輩二人はさっき頼んだビールをチェイサー代わりにして飲んでいる。
店を見渡すと大量のレコードとCDが目に入った。レコードの棚でも目立つ所にサム・クックとマーヴィン・ゲイのレコードが飾ってある。
そうか、店の名前でピンと来た。「WATTSTAX」ふぅん、ソウルが好きなのか。頼んだカレーを作る様子のないOさんにそれとなく聞いてみる。
「ワッツタックスって昔のソウルのライブでしたっけ。ウッドストックのR&B版みたいな」
すると、さっきまで渋い顔していたOさんが嬉しそうな顔をして言う。
「おめぇ、解ってんじゃねぇか。『アイアムサムバディー』だ」。
「WATTSTAX」とは「Stax」レーベルのアーティストがほぼ総出演した音楽フェスで1972年8月20日、ロスのコロシアムで約10万人の聴衆を集め行われた大イベントだ。
店の看板にはピアノを弾くフォレンス・シルバーが描かれている。その下に左から、「1999 MARLEY WAITS」の文字が入っている。
どういう意味なのかと聞くと、照れ臭そうにこう答えてくれた。
「意味なんて無ぇよ、プリンスとボブ・マーリーとトム・ウェイツだ」。
看板を見て店に入りサム・クックとマーヴィン・ゲイが出迎える。店内に流れる曲を聞いていれば、そこがどういう店なのか知ってる人にだけ解る。解る奴にだけ解るようになっているという「メッセージ」なのだという。
その後、Oさんと親しくなった僕は店でバイトをさせてもらう事になるのだが。多分、僕の 人生に於いて最も影響を受けた人物と場所のなかのひとつなのだ。色々と教えてもらった。Oさんに、そこに集まる様々な人々に。音楽、アルコール、女。
高校生だった僕はあの場所で生き、育ち、大人になって行った。
今日、6月15日は「Oさん」の命日だ。
店を閉めてからしばらくした頃、くも膜下出血で倒れた。多分、アルコールのせいだろう。
なんとか復活し、新たに店を始めるまでに回復したのだが、それでも彼は飲み続けた。
二度目に倒れた時はもう助からなかった。
どうしてなんだろう。死ぬまで飲み続ける理由なんかあったのだろうか。
サム・クックやマーヴィン・ゲイ、オーティス・レディング。テディー・ペンターグラスやカーティス・メイフィールド。
そうか、そうだったのだろうか。
天国にいるソウルマンたちには逢えたのだろうか。
今頃、ピアノでも弾いて一緒に歌っているのだろうか。
2010年7月24日土曜日
独白。11
S病院に到着すると外来ではなく直接アルコール病棟のナースセンターへと案内された。そこには担当となる医者と看護士がすでに待ち構えていた。担当の医師は見るからに高齢で「どれくらい飲んだの」「具合はどうなの」と、間の抜けた質問をいくつかしたあと看護士達になにか指示をして両親と供にどこかへ行ってしまった。
「○○さんを担当させて頂くK野です。今からいくつか質問と治療の説明を少しさせて頂きますね」。
かんたんな病院の説明と入院時の注意を聞く。起床時間だの風呂の時間だことの今はとりあえず知らなくても良い事ばかりを続けてくる。入院や治療の目的、治療のプログラム。綴じられたいくつかの資料を渡され説明を受ける。決まり事なのだろうが、此処に連れられて来た時点ですでに相当弱っているので悠長に説明など聞いている余裕などは無い。そんなことよりも一刻も早く横になりたい。
「血液の検査をしますので、採血しますね」
そう言って僕の腕をまくり消毒をする。漂う消毒用のアルコールの匂いが鼻を突く。
もうそれだけで気持ちが悪くなり、なにか酸っぱいものが胸からせり上がってくる。
僕の腕にゴム管を巻き注射器の針を立ようと血管の場所を確かめているK野看護士に一瞬見とれてしまう。これがよくよく見ると色白で利発そうなきれいな女性なのだ。
平静を身に纏いその様子を眺めている僕を一瞬で引き戻すその声。
「ずいぶん暴れたみたいですねぇ、お話伺いましたよ。あ、左腕の方も見せてください」。
残念な事に命からがらでここに来るまでに二件の病院を渡り歩いてきたので髪はぼさぼさ髭は伸び放題。その上に見るに耐えない小汚い格好をしているのだ。
こんな所ではないもっとまともな形でこういう女性に出会えないものなのだろうか。
「○○さん。前の病院の検査の結果がひどいですね。死ななくて良かったですよ」
看護室のコンピューターの前で画面を眺めていた白髪まじりの男が話しかけてくる。どうやらここの看護長らしい。
「離脱症状があるみたいですね。今日はお薬を飲んでもらって、点滴をしますので取り敢えずよく休んで下さい」。
看護室には今の男ともう一人の男性看護士、それに3、4名の女性看護士。K堂の雰囲気とは違い仕事ぶりも明るく活気があるのが解る。なかには「だいじょ~ぶ~?まぁ、ゆっくりしてってね~あぁ良かったぁ若い人でぇ」などとまるで緊張感のない茶髪の看護士までいる。コスプレのキャバクラか、ここは。大丈夫なのだろうか。
採血を終え一通りの説明を受けたあと、入院治療計画書を渡された。一緒に添えられた診断書には「三ヶ月程度の入院治療が必要」の文字が見える。
「三ヶ月か、長いな」そう思いながら焦点のまったく定まらない目で内容を読んでいると今度はボールペンを渡された。同意書の氏名の欄にサインを求められた。それに名前を書こうとするのだが震える手のせいで思う様にいかない。なんとか書き終えたそれを見る。まるでミミズかナメクジの這ったあと様な文字だ。
その情けなく並ぶ文字とガラスに映った自分の姿を交互に見つめているとなんだか急に惨めになってきた。
それを察したのかK野看護士が取り繕う様に言う。
「書きにくいですよね、ごめんなさい。だいじょうぶですよ○○さん。体がだいぶ辛そうですしねしょうがないですよね」。
嗚呼、こともあろうに看護士にではあるのだが
若くてきれいな年下の女性にこんな事で慰められるなんて。
まったく、惨めだ。
もういいから。お願いだからさっさと休ませてくれ。
「○○さんを担当させて頂くK野です。今からいくつか質問と治療の説明を少しさせて頂きますね」。
かんたんな病院の説明と入院時の注意を聞く。起床時間だの風呂の時間だことの今はとりあえず知らなくても良い事ばかりを続けてくる。入院や治療の目的、治療のプログラム。綴じられたいくつかの資料を渡され説明を受ける。決まり事なのだろうが、此処に連れられて来た時点ですでに相当弱っているので悠長に説明など聞いている余裕などは無い。そんなことよりも一刻も早く横になりたい。
「血液の検査をしますので、採血しますね」
そう言って僕の腕をまくり消毒をする。漂う消毒用のアルコールの匂いが鼻を突く。
もうそれだけで気持ちが悪くなり、なにか酸っぱいものが胸からせり上がってくる。
僕の腕にゴム管を巻き注射器の針を立ようと血管の場所を確かめているK野看護士に一瞬見とれてしまう。これがよくよく見ると色白で利発そうなきれいな女性なのだ。
平静を身に纏いその様子を眺めている僕を一瞬で引き戻すその声。
「ずいぶん暴れたみたいですねぇ、お話伺いましたよ。あ、左腕の方も見せてください」。
残念な事に命からがらでここに来るまでに二件の病院を渡り歩いてきたので髪はぼさぼさ髭は伸び放題。その上に見るに耐えない小汚い格好をしているのだ。
こんな所ではないもっとまともな形でこういう女性に出会えないものなのだろうか。
「○○さん。前の病院の検査の結果がひどいですね。死ななくて良かったですよ」
看護室のコンピューターの前で画面を眺めていた白髪まじりの男が話しかけてくる。どうやらここの看護長らしい。
「離脱症状があるみたいですね。今日はお薬を飲んでもらって、点滴をしますので取り敢えずよく休んで下さい」。
看護室には今の男ともう一人の男性看護士、それに3、4名の女性看護士。K堂の雰囲気とは違い仕事ぶりも明るく活気があるのが解る。なかには「だいじょ~ぶ~?まぁ、ゆっくりしてってね~あぁ良かったぁ若い人でぇ」などとまるで緊張感のない茶髪の看護士までいる。コスプレのキャバクラか、ここは。大丈夫なのだろうか。
採血を終え一通りの説明を受けたあと、入院治療計画書を渡された。一緒に添えられた診断書には「三ヶ月程度の入院治療が必要」の文字が見える。
「三ヶ月か、長いな」そう思いながら焦点のまったく定まらない目で内容を読んでいると今度はボールペンを渡された。同意書の氏名の欄にサインを求められた。それに名前を書こうとするのだが震える手のせいで思う様にいかない。なんとか書き終えたそれを見る。まるでミミズかナメクジの這ったあと様な文字だ。
その情けなく並ぶ文字とガラスに映った自分の姿を交互に見つめているとなんだか急に惨めになってきた。
それを察したのかK野看護士が取り繕う様に言う。
「書きにくいですよね、ごめんなさい。だいじょうぶですよ○○さん。体がだいぶ辛そうですしねしょうがないですよね」。
嗚呼、こともあろうに看護士にではあるのだが
若くてきれいな年下の女性にこんな事で慰められるなんて。
まったく、惨めだ。
もういいから。お願いだからさっさと休ませてくれ。
2010年7月12日月曜日
独白。10
ひさしぶりに親父の運転する車の後部座席に座りながら考える。いつ以来なんだろうか。車はK市へと向かっている。なんとか両親とK堂の医者を説得したのだ。ただ、任意での他院への入院を条件としてなのだが。任意入院とは措置入院(保護入院)とは違い強制ではない。自分の意志で入院しますという事だ。
僕が一晩中抵抗し、両親を説得したのに医者も根負けしたのかK市にあるS病院のアルコール依存症専門病棟に紹介状を書いてくれたのだ。
子供の頃はよく家族四人で車で出掛けた。助手席に母、その後部座席にひとつ年下の弟、その隣に僕。お決まりの指定席だ。「男はいい車に乗るものだ」と言い、そんな余裕などないくせに親父はいつも高級車に乗りたがった。
トヨタクラウンロイヤルサルーン。当然ながら中古車だった。
だけれど僕も親父も弟もみんなそれを気に入っていた。座席は上等なソファーみたいに柔らかく深く、オートマ、クーラーにステレオにパワーウインドウ。おまけに冷蔵庫まで付いている。当時、団地住まいだった我が家。家中のどこよりも快適な空間だった。もともと、お金持ちの人のために自宅やホテルの一室に居るのと変わらない居住空間をという発想の車なのに、クーラーもソファーもない家に暮らす貧乏人が乗るなんて考えてみるとなんとも滑稽だ。
それでも家族はしあわせだった。休日には母が弁当をつくり父の運転で出掛けるのだ。車の冷蔵庫には冷たい飲み物も冷えている。それでよかったのだ。
僕が中学に上がる年、両親は商売をはじめた。親戚の経営するホテルの一角で宿泊客や観光客相手のホテルラウンジということだが、派手なコンパニオン付き宴会客の二次会会場といったところだ。それとも地元の客にセット料金の安い酒を飲ませる要はカラオケスナックだ。
夜、家におとなが居なくなった我が家が「たまり場」になるのにそれほど時間は掛からなかった。もう、やりたい放題である。
家族のあいだにはだんだんと距離が増えていった。部活を終えて帰宅する頃には両親とも仕事に出ている。帰ってくるのは真夜中で、当然のように朝も顔を合わせることが少なくなっていった。
何年かすると親父は新車に乗るようになった。やっぱりトヨタクラウン。マジェスタとかなんとかだったか忘れたが、それはもうしあわせな家族の象徴ではなく、田舎の成金の腕に輝く趣味の悪い金の時計かブレスレッドみたいなものだった。
その頃からだろうか、友人たちと集まっては酒を飲む様になったのは。放課後は不真面目な野球部員。彼女は居てもセックスするほどの勇気もない田舎の中学生たちは、ブルーハーツを聞きながら部屋に飾った酒瓶の種類の多さとか自分の吸ってるタバコがいかに強いかということを競い合ったり、盗んできたバイクをこそこそと乗り回すくらいしかやることが無いのだ。
車は暖房が効いていてあたたかい。会話も無い中、真冬の景色を進んで行く。親父はあいかわらず今でもクラウンに乗っている。店をやめてから何年かが過ぎてそれは新車ではなくなったが、どこで見つけてきたのだろう、中古のクラウンだ。
僕が一晩中抵抗し、両親を説得したのに医者も根負けしたのかK市にあるS病院のアルコール依存症専門病棟に紹介状を書いてくれたのだ。
子供の頃はよく家族四人で車で出掛けた。助手席に母、その後部座席にひとつ年下の弟、その隣に僕。お決まりの指定席だ。「男はいい車に乗るものだ」と言い、そんな余裕などないくせに親父はいつも高級車に乗りたがった。
トヨタクラウンロイヤルサルーン。当然ながら中古車だった。
だけれど僕も親父も弟もみんなそれを気に入っていた。座席は上等なソファーみたいに柔らかく深く、オートマ、クーラーにステレオにパワーウインドウ。おまけに冷蔵庫まで付いている。当時、団地住まいだった我が家。家中のどこよりも快適な空間だった。もともと、お金持ちの人のために自宅やホテルの一室に居るのと変わらない居住空間をという発想の車なのに、クーラーもソファーもない家に暮らす貧乏人が乗るなんて考えてみるとなんとも滑稽だ。
それでも家族はしあわせだった。休日には母が弁当をつくり父の運転で出掛けるのだ。車の冷蔵庫には冷たい飲み物も冷えている。それでよかったのだ。
僕が中学に上がる年、両親は商売をはじめた。親戚の経営するホテルの一角で宿泊客や観光客相手のホテルラウンジということだが、派手なコンパニオン付き宴会客の二次会会場といったところだ。それとも地元の客にセット料金の安い酒を飲ませる要はカラオケスナックだ。
夜、家におとなが居なくなった我が家が「たまり場」になるのにそれほど時間は掛からなかった。もう、やりたい放題である。
家族のあいだにはだんだんと距離が増えていった。部活を終えて帰宅する頃には両親とも仕事に出ている。帰ってくるのは真夜中で、当然のように朝も顔を合わせることが少なくなっていった。
何年かすると親父は新車に乗るようになった。やっぱりトヨタクラウン。マジェスタとかなんとかだったか忘れたが、それはもうしあわせな家族の象徴ではなく、田舎の成金の腕に輝く趣味の悪い金の時計かブレスレッドみたいなものだった。
その頃からだろうか、友人たちと集まっては酒を飲む様になったのは。放課後は不真面目な野球部員。彼女は居てもセックスするほどの勇気もない田舎の中学生たちは、ブルーハーツを聞きながら部屋に飾った酒瓶の種類の多さとか自分の吸ってるタバコがいかに強いかということを競い合ったり、盗んできたバイクをこそこそと乗り回すくらいしかやることが無いのだ。
車は暖房が効いていてあたたかい。会話も無い中、真冬の景色を進んで行く。親父はあいかわらず今でもクラウンに乗っている。店をやめてから何年かが過ぎてそれは新車ではなくなったが、どこで見つけてきたのだろう、中古のクラウンだ。
2010年7月9日金曜日
独白。9
『アルコール依存症診断基準』(アルコール依存症の定義)
「アルコールが切れると出現する症状」
・睡眠障害、不眠、悪夢、覚醒
・ふるえ(手指、躯幹)
・夜間の発汗、心悸亢進、不整脈
・情緒不安定、不安、希死念慮
・てんかん発作(断酒後48時間以内)
・せん妄状態
・意識混濁
・幻視
・幻聴
・アルコール幻覚症(主に幻聴が持続する)
「精神神経症状、離脱症状」
従来は禁断症状と呼ばれていた。しかし、完全に酒を断たなくても、血中アルコール濃度の低下にともなって生じる症状なので、この用語が使用されるようになった。薬理学では退薬症候とも呼ばれる。(飲酒を中断させて6~96時間を経た時点で次のa~fの6つのうち、1つ以上の症状が認められる場合)
a)睡眠障害:飲酒しないと不穏、苦悶をともなった不眠を生じ、夜間しばしば覚醒し、悪夢をともない、熟睡感がない。
b)振戦:手指、躯幹の振戦を認める。なおその振戦は、もちろん諸種の神経疾患によるものと鑑別を必要とする.
c)自律神経障害:特に夜間、一度寝入ってから発作的な発汗があり、しばしば覚醒する。時に悪寒戦慄をともなう。持続的な心悸亢進を訴え、頻脈または不整脈を認める。
d)情緒障害:情緒過敏状態、高度の不安、希死念慮、支配観念としての強迫的飲酒欲求がある。
e)アルコール離脱けいれん発作:飲酒を突然中断した後(多くは、中断後48時間以内に)強直性-間代性のけいれん発作の臨床的および脳波的発作症状をおこした場合をいう。この場合、一次性てんかんおよびその他の意識障害を伴う発作性疾患を除外する。
f)離脱せん妄状態:飲酒を突然中断した後、意識混濁が生じ、無数の小動物視などの幻視、複数の会話調などの幻聴をともなうせん妄状態ないし、これに準じた状態になった場合をいう。
『飲酒行動の異常』(問題飲酒)
・負の強化への抵抗
・強迫的飲酒欲求による飲酒抑制困難
・連続飲酒発作の出現
・山型飲酒サイクル (飲酒→酩酊→入眠→覚醒→飲酒→酩酊→入眠)
・酒酔い運転、酒気帯び運転の反復
・仕事中の酩酊
・隠れ飲み
・酔うとからむ
・酔うと大暴れする
・毎日純アルコール150ml(清酒換算約5合)以上飲酒する
・短時間での大量飲酒
・テレホニスムス(不適当な時間・場所・距離の電話等)
・真性ディプソマニア(喝酒症)
・その他の飲酒が関与する行動異常
アルコール依存徴候を示す者は、長期経過の結果、以下のような障害を生ずる場合がある。
『アルコール関連精神神経的障害』
・アルコール精神病
・アルコール性てんかん様発作
・アルコール性幻覚症・振戦せん妄
・アルコール性痴呆
・アルコール性コルサコフ精神病
・アルコール性嫉妬妄想
・その他のアルコール精神病
『アルコール関連社会的障害』
・飲酒に関連した社会的地位の低下
・飲酒に関連した離婚やそのおそれ
・飲酒に関連した失職やそのおそれ
・飲酒を上司、配偶者、家族による非難
・飲酒、酩酊による警察保護
・飲酒、酩酊による保護以外の警察問題
・飲酒による欠勤
・飲酒に起因する度重なる転職
・その他飲酒による社会的障害
『アルコール関連身体障害』
「直接表現」
・アルコール性肝炎
・アルコール性小脳変性
・大脳萎縮(アルコール性痴呆)
・アルコール性弱視
・肝硬変
・脂肪肝
「間接表現」
・胃・十二指腸潰瘍
・心筋障害
・ペラグラ
・マロリー・ワイス症候群
・食道静脈瘤
・貧血
・脚気
・多発性神経炎
・膵炎
・血液凝固障害
・筋炎
・ウェルニッケ・コルサコフ症候群(糖尿代謝異常、陰萎など)
・脳炎(ニコチン酸欠乏症)
・その他アルコール起因性が疑われる高血圧、糖代謝異常、陰萎など。
『久里浜式アルコールスクリーニングテスト』
「最近6ヶ月の間に次のようなことがありましたか」という質問が14項目ある。
①酒が原因で、大切な人(家族や友人)との人間関係にひびがはいったことがある。 ある3.7点 ない-1.1点
②せめて今日だけは酒を飲まないと思っても、つい飲んでしまうことが多い。 当てはまる3.2点 あてはまらないー1.1点
③周囲の人(家族、友人、上司など)大酒飲みと非難されたことがある。
ある2.3点 ない-0.8点
④酒量でやめようと思っても、つい酔いつぶれるまで飲んでしまう。
当てはまる2.2点 あてはまらないー0.7点
⑤酒を飲んだ翌朝に、前夜のことをところどころ思い出せないことがしばしばある。 当てはまる2.1点 あてはまらない0.7点
⑥休日には、ほとんどいつも朝かr酒を飲む。
あてはまる1.7点 あてはまらない0.4点
⑦二日酔いで仕事を休んだり、大事な約束を守らなかったりしたことがときどきある。 あてはまる1.5点 あてはまらないー0.5点
⑧糖尿病、肝臓病、または心臓病と診断されたり、その治療を受けたことがある。 ある1.2点 ないー0.2点
⑨酒がきれたときに、汗が出たり、手が震えたり、いらいらして不眠など苦しむことがある ある0.8点 ない0.2点
⑩商売や仕事上の必要で飲む。
よくある0.7点 時々ある0点 めったにない-0.2点
⑪酒を飲まないと寝付けないことが多い。
あてはまる0.7点 あてはまらないー0.1点
⑫殆ど毎日3合以上の晩酌(ウイスキーなら1/4本以上、ビールなら大瓶3本以上)をしている あてはまる0.6点 あてはまらないー0.1点
⑬酒の上の失敗で警察のやっかいになったことがある ある0.5点 ない0点
⑭酔うといつも怒りっぽくなる あてはまる0.1点 あてはまらない0点
以上のテストで合計点が0点以上が問題飲酒者、2.0点以上が重篤問題飲酒者である。2.0点以上の人はアルコール依存症である可能性が高いので、早いうちに精神科医に相談したほうがよいとされる。
これは、卵アレルギーを持っている人が一口でも卵を食べてはいけないのと同じ事なのだという。
http://www004.upp.so-net.ne.jp/sekiuchi/js/contents/kast.html
「アルコールが切れると出現する症状」
・睡眠障害、不眠、悪夢、覚醒
・ふるえ(手指、躯幹)
・夜間の発汗、心悸亢進、不整脈
・情緒不安定、不安、希死念慮
・てんかん発作(断酒後48時間以内)
・せん妄状態
・意識混濁
・幻視
・幻聴
・アルコール幻覚症(主に幻聴が持続する)
「精神神経症状、離脱症状」
従来は禁断症状と呼ばれていた。しかし、完全に酒を断たなくても、血中アルコール濃度の低下にともなって生じる症状なので、この用語が使用されるようになった。薬理学では退薬症候とも呼ばれる。(飲酒を中断させて6~96時間を経た時点で次のa~fの6つのうち、1つ以上の症状が認められる場合)
a)睡眠障害:飲酒しないと不穏、苦悶をともなった不眠を生じ、夜間しばしば覚醒し、悪夢をともない、熟睡感がない。
b)振戦:手指、躯幹の振戦を認める。なおその振戦は、もちろん諸種の神経疾患によるものと鑑別を必要とする.
c)自律神経障害:特に夜間、一度寝入ってから発作的な発汗があり、しばしば覚醒する。時に悪寒戦慄をともなう。持続的な心悸亢進を訴え、頻脈または不整脈を認める。
d)情緒障害:情緒過敏状態、高度の不安、希死念慮、支配観念としての強迫的飲酒欲求がある。
e)アルコール離脱けいれん発作:飲酒を突然中断した後(多くは、中断後48時間以内に)強直性-間代性のけいれん発作の臨床的および脳波的発作症状をおこした場合をいう。この場合、一次性てんかんおよびその他の意識障害を伴う発作性疾患を除外する。
f)離脱せん妄状態:飲酒を突然中断した後、意識混濁が生じ、無数の小動物視などの幻視、複数の会話調などの幻聴をともなうせん妄状態ないし、これに準じた状態になった場合をいう。
『飲酒行動の異常』(問題飲酒)
・負の強化への抵抗
・強迫的飲酒欲求による飲酒抑制困難
・連続飲酒発作の出現
・山型飲酒サイクル (飲酒→酩酊→入眠→覚醒→飲酒→酩酊→入眠)
・酒酔い運転、酒気帯び運転の反復
・仕事中の酩酊
・隠れ飲み
・酔うとからむ
・酔うと大暴れする
・毎日純アルコール150ml(清酒換算約5合)以上飲酒する
・短時間での大量飲酒
・テレホニスムス(不適当な時間・場所・距離の電話等)
・真性ディプソマニア(喝酒症)
・その他の飲酒が関与する行動異常
アルコール依存徴候を示す者は、長期経過の結果、以下のような障害を生ずる場合がある。
『アルコール関連精神神経的障害』
・アルコール精神病
・アルコール性てんかん様発作
・アルコール性幻覚症・振戦せん妄
・アルコール性痴呆
・アルコール性コルサコフ精神病
・アルコール性嫉妬妄想
・その他のアルコール精神病
『アルコール関連社会的障害』
・飲酒に関連した社会的地位の低下
・飲酒に関連した離婚やそのおそれ
・飲酒に関連した失職やそのおそれ
・飲酒を上司、配偶者、家族による非難
・飲酒、酩酊による警察保護
・飲酒、酩酊による保護以外の警察問題
・飲酒による欠勤
・飲酒に起因する度重なる転職
・その他飲酒による社会的障害
『アルコール関連身体障害』
「直接表現」
・アルコール性肝炎
・アルコール性小脳変性
・大脳萎縮(アルコール性痴呆)
・アルコール性弱視
・肝硬変
・脂肪肝
「間接表現」
・胃・十二指腸潰瘍
・心筋障害
・ペラグラ
・マロリー・ワイス症候群
・食道静脈瘤
・貧血
・脚気
・多発性神経炎
・膵炎
・血液凝固障害
・筋炎
・ウェルニッケ・コルサコフ症候群(糖尿代謝異常、陰萎など)
・脳炎(ニコチン酸欠乏症)
・その他アルコール起因性が疑われる高血圧、糖代謝異常、陰萎など。
『久里浜式アルコールスクリーニングテスト』
「最近6ヶ月の間に次のようなことがありましたか」という質問が14項目ある。
①酒が原因で、大切な人(家族や友人)との人間関係にひびがはいったことがある。 ある3.7点 ない-1.1点
②せめて今日だけは酒を飲まないと思っても、つい飲んでしまうことが多い。 当てはまる3.2点 あてはまらないー1.1点
③周囲の人(家族、友人、上司など)大酒飲みと非難されたことがある。
ある2.3点 ない-0.8点
④酒量でやめようと思っても、つい酔いつぶれるまで飲んでしまう。
当てはまる2.2点 あてはまらないー0.7点
⑤酒を飲んだ翌朝に、前夜のことをところどころ思い出せないことがしばしばある。 当てはまる2.1点 あてはまらない0.7点
⑥休日には、ほとんどいつも朝かr酒を飲む。
あてはまる1.7点 あてはまらない0.4点
⑦二日酔いで仕事を休んだり、大事な約束を守らなかったりしたことがときどきある。 あてはまる1.5点 あてはまらないー0.5点
⑧糖尿病、肝臓病、または心臓病と診断されたり、その治療を受けたことがある。 ある1.2点 ないー0.2点
⑨酒がきれたときに、汗が出たり、手が震えたり、いらいらして不眠など苦しむことがある ある0.8点 ない0.2点
⑩商売や仕事上の必要で飲む。
よくある0.7点 時々ある0点 めったにない-0.2点
⑪酒を飲まないと寝付けないことが多い。
あてはまる0.7点 あてはまらないー0.1点
⑫殆ど毎日3合以上の晩酌(ウイスキーなら1/4本以上、ビールなら大瓶3本以上)をしている あてはまる0.6点 あてはまらないー0.1点
⑬酒の上の失敗で警察のやっかいになったことがある ある0.5点 ない0点
⑭酔うといつも怒りっぽくなる あてはまる0.1点 あてはまらない0点
以上のテストで合計点が0点以上が問題飲酒者、2.0点以上が重篤問題飲酒者である。2.0点以上の人はアルコール依存症である可能性が高いので、早いうちに精神科医に相談したほうがよいとされる。
これは、卵アレルギーを持っている人が一口でも卵を食べてはいけないのと同じ事なのだという。
http://www004.upp.so-net.ne.jp/sekiuchi/js/contents/kast.html
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