2010年6月29日火曜日

独白。8

 冷たく磨かれた床と壁を青白い安っぽい蛍光灯の明かりが照らす。重く低い天井の影になった部分は絶望的な闇を蓄えている。鼻を突く消毒液の匂いと、濡れた纏わり付くような空気。時折聞こえてくる獣のようなうめき声や突然の物音。

「ですから、○○さんの場合、保護入院という形ですので本人の意思では退院できないんですよ」
夜勤の看護士はさっきから同じ答えを繰り返すばかりだ。
「ご両親と主治医の了解がなければ無理です」そんな馬鹿な、ここは日本だぞ、そんなのありか。後々知るのだが、「保護入院」というのは、本人あるいは周辺に対し、危害を与えるような重篤な症状のある患者を本人の意思なしで拘束し、入院、保護出来る云々...という事らしい。そして、僕がいるところは「保護室」。
ベッドは無く、うすっぺらな布団と毛布。レバーの無い蛇口と便器があるだけの部屋は檻で囲まれている。監視カメラがあり、スピーカーとマイクでナース室とつながっている。用を足したら、看護士に申告し外部操作で水を出したり流す仕組みだ。部屋のドアには取っ手は無く、外からしか開けられない様になっている。

これは、本当にまずい事になってる。

 実は、精神病院に足を踏み入れたのは今回がはじめてではなかった。二十歳の頃、僕は東京で暮らしていた、その当時付き合っていた彼女が、かなりぶっ壊れた子で大変な思いをしたことがある。
その時、生まれてはじめて精神病院に行ったのだが、身元保証人、つまり保護する側であったのだ。
(この話、そうとうキてるので...機会があればそのうち書きたいと思う)
まさか、その自分が精神病院の世話になるとは思ってもみなかった。
 
 ここに一度入れられてしまうとどうなるか。過去に知っている僕は、どうにかしてここから出なくてはと考えを巡らせる。が、薬が効いているのか離脱症状なのかまったく頭が働かない。かといって、このまま入院なんて事はなんとしてでも避けなければならないのだ。とにかく、両親を呼んでもらえるよう医者か看護士に掛け合わなければ、親を説得するのだ。
 そんなことを考えていると、保護室のスピーカーから看護士の声がした。「どうですか、少し落ち着いたみたいですね。点滴をしますのでいまから伺いますね」そう告げ、しばらくしてから三人の看護士が入ってくる、三人掛かりとは随分厳重だな。「運ばれて来たときは大騒ぎだったんですよ。○○さん大きいから大変でしたよ」などと言われても、まったく憶えていない。
看護士の話だとこうだ、市立病院での検査中に突然暴れ出し、手に負えない状態になりK堂病院に連絡が来た。
「男性一名、アルコールによる離脱症状。こちらでは手に負えません、移送しますので保護よろしくお願いします」なんでも、さっきまでいたような一般の病院では患者に身の危険がある場合でも、拘束したりそれらの類いの処置ができないそうだ。そこで、精神病院の出番というわけだ。そういえば、そうだった。東京のときも一度救急車で救急外来に運ばれたあと、精神病院のスタッフがあとからやってきて、彼女を拘束具でぐるぐる巻きにして運んで行ったっけ。
 看護士が僕の右腕、肘のあたりにゴム管を巻き付ける。手首の甲骨張った中から血管を探し当て細い針を突き刺す。
「もう、点滴を打つ所がないのでちょっと痛いかもしれませんけど、我慢してくださいね」何度も点滴の針を引きちぎり、両腕の肘の裏の血管は傷だらけで赤むらさき色に腫れている、手の甲にまで針を打つなんて、まるでジャンキーみたいだ。
「すみません。うちの両親は」と話を切り出してみる。
「いま、別室で先生と話していらっしゃいますが」
どうやら、これからどうするのかを話し合っているようだ。
「呼んでもらうことはできますか、ちょっと話したいんですが」。

「お話が終わりましたら、そちらのインターフォンで呼んで下さい。ドアを開けに来ますから」。
看護士に連れられて母がやってきた。部屋の様子をひとしきり見回し、その異様さにため息をつき口をひらく。
「まったく、こんなところに入れられちまって。情けない」恥に塗れたような顔を向けてくる。「親父は?」どうしたのだろう、一緒に来ているはずだが。
「顔も見たくないって、あんた一体どうしちまったのさ」
返す言葉は見つからない。自分でもどうしたのか、どうなっちまったのかよく解ってないのである。だが、ここから何としてでも出してもらわなければならない。
「K堂はまずいんじゃない、もう大丈夫だからさ帰ろうよ」
そうは言われても、さっきまでの自分の息子の狂いっぷりを見ていたのである。それに応じるはずもなく、「とにかく、今夜はここで診てもらうから。もう遅いし、ここに泊まっていきなさい」。そう話す母に、何とか思いとどまってもらおうと食い下がる。徐々に言葉は熱を帯び、コントロールを失ってゆく。もう、こうなると訳がわからない。
 酒癖が悪いといわれる人が多くいるが、僕は決してそういうタイプではない。
よくあるような「酒買ってこんかい」と喚き散らし、女房の着物を質に入れてでも飲む。「おかあちゃん、今日のごはんは?」「おとうちゃんが全部呑んじまったよ」と、絵に描いたようなアル中。そういうタイプでもない。
飲んでいるときはご機嫌である。酒が切れる、つまり離脱症状の事なのだが、酔って暴れるよりもこっちの方が厄介なのだ。倒れてからアルコールを口にしていない僕は、知らずのうちにそういう状態にあったのだ。
「お母さん大丈夫ですか、落ち着いて下さい!」保護室に入ってくるなり僕を数人掛かりで押さえつけ、あっという間にベルトで手足を縛る。慣れたもので、見事である。

自分の目の前で、取り押さえられ、縛り上げられる息子を見せられるとは一体どんな気持ちなのだろうか。そのことを思うとなんとも情けない。

僕はとんでもない大バカ息子だ。

2010年6月19日土曜日

独白。7

 離脱症状の始まっていた僕は、時間や空間、現実と妄想の区別がつかなくなっていた。あらゆる感覚や思考、あたまの中のいろんな部分とからだとが、ばらばらになっているようだ。考えはまとまらず、整合性を失い自分が正気を保っているのかさえも解らなくなってきた。

 白いつるっとした機械の上に寝かされた。僕を寝かせた部分は、白い半円筒の中へと吸い込まれて行く。妙に現実離れした無機質な空間だ。きっと、これは脱出用のカプセルか何かだ。母船はもう沈みそうで、僕はひとり宇宙へと放り出されるのだ。部屋の外で何か機械を操作している男の姿が見えた。僕はそれを拒むのだが、男は大丈夫だという素振りとともに操作を続ける。筒の中のスピーカーから男の声がする。
「大丈夫です。しばらく動かないで、じっとしていて下さい」
男が扉を閉めスイッチをいれる。するとカプセルは低く鈍い音と共に動き出し宇宙へと射出された。僕はひとり母船を離れ静かに宇宙を漂い始める。僕は暴れもがくが、もうその声は男にも届かない。

 「CTのつぎは脳波測定です。そのあと、エコーもとっちゃいますね」。
この日、いくつかの検査があったのだ。「じゃあ、この椅子に座って下さい」椅子に座ると、あたまになにか、冷たいジェルのようなものを塗られた。そこに何十本もの電極のつながったコードを貼付けて行く。
まるで、何かの実験みたいだ。さらに、レンズの内側にLED灯のついたサングラスのようなものを付けさせられた。赤、黄、青の光を照射して、その刺激に対する脳の反応を調べる仕組みらしい。「では、はじめますね。目を閉じて下さい」。

チチッチチといった音に合わせ、まぶたのうらに鮮やかな光が明滅する。点滅のスピードや色を変え、断続的に脳に刺激をあたえる。
「ヤバいこれ、キマってたら楽しそうだな」なんて考えているうちに、さっきの妄想の続きへと引きずり込まれて行ってしまう。

 しばらく彷徨い、どこかへ不時着したのだろうか。カプセルは何者かに鹵獲され、僕は身柄を拘束されている。ベッドに寝かされた僕の周りで見た事のない姿をした人たちが何やら機械を操作している。宇宙人だろうか。信号の明滅のパターンや強さを変え、鮮やかな色彩と光の映像を脳裏に映し出す。その脳波を読み取り、コミュニケーションを取ろうとしているようだ。しかし、上手く行かない。彼らは機械の出力と周波数をどんどん上げて行く。「やめろ!やめてくれ!」

あまりの信号の強烈さに僕の意識は混乱してきた。
ヤバい、さっきから検査を遊園地のアトラクションか何かと勘違いしはじめている。

キマってなくても、ヤバかったのである。

「○○さん大丈夫ですか?だいぶ暴れたみたいですけど、どうですか気分は」
あたまの芯がずんと重たくぼっとしている。なんだかひんやりと冷たく、ずいぶんと薄暗いところだ。診察室だろうか、先ほどまでとは明らかに違う空気が漂っている。「すいません。あの、ここは、どこですか?」恐る恐る聞いてみると、「憶えてないんですか、市立病院から移送されて来たんですよ」と看護士は言う。そうだ、さっきまで、僕は検査を受けていたはずだ。

「K堂病院です。市立病院で検査中に錯乱状態に陥りこちらへ搬送されて来ました」。

K堂だと!?
僕は耳を疑った。

 K堂病院とは、地元では昔から有名な精神病院だ。「き○がい病院」として泣く子も黙るK堂病院。地元では、「黄色い救急車の病院に迎えに来てもらうよ!」とか「K堂に一度診てもらえ、このばか!」などと揶揄に出てくるような、違った意味でも有名な精神病院なのだ。

まずい。
これは大変な事になってしまった。

この狭い田舎街で精神病院に入院するというのは、とにかくまずいのだ。
「あいつ最近見かけないね」「K堂行っちまったらしいよ」「やっぱり、ついにぶっ壊れちまったか」なんて会話をよく耳にする。
このあたりでは、「精神病院」イコール「き○がい」なのである。酷い偏見かもしれないが、実際そんなものなのだ。
 僕の友人で、市立の病院にでも行けばいいものを、あろうことかK堂病院を受診してしまった子がいた。彼女は地元の出身ではなかったので、当然そんな事情など知らずにK堂に通ってしまったのだ。ただ不眠症に悩み、薬を処方してもらうためだけの通院だったにもかかわらずだ。

噂は広まり、あっという間に彼女は「き○がい」扱いだ。

気の毒だがしょうがない。
田舎では精神病院というところは、そんな場所なのだ。
心療内科に通うのですら躊躇してしまうような、そんな街なのだ。

だから、まずい。
いよいよ、僕はき○がいの仲間入りなのだろうか。

2010年6月15日火曜日

独白。6

 さっきからずっと、誰かのうめき声の様なものが聞こえている。低く唸る様なその声は、地の底から沸き上がる様に聞こえているかと思えば、急に耳元まで近付き僕のベッドの周りをぐるぐると回り出す。うるさいので何とかしてくれと、付き添ってくれている母に言うが、気にせずに眠れと言うばかりだ。
そうか、きっと病室の誰かの具合が良くないのだろう。それにしても、酷い声だ。
気を紛らわそうと窓の外に目をやる。外は良く晴れていて、病室の向かいにある山の稜線と空の青がコントラストになっていて美しい。山のはりつめた、鼻の奥を突き抜ける様な、真冬独特の空気を思い浮かべさせる。
 しばらく眺めていると、山の麓から数人の猟銃を抱えた男が沢を挟んで登って行くのが見えた。男たちの進む先に目をやると、数匹の茶色い生き物が見える。鹿だ。その群れからはぐれた鹿を、男たちが追う。親子の様に見えるその鹿を仕留めようと、山の裾からさらに数人のハンターが登って行くのが見える。僕は少し興奮して、付き添っている母に言った。
「見てよ、鹿の親子が撃たれちゃう。かわいそうだ」
母は不思議そうな顔をして窓の先を見たあと、僕の顔を見て言う。
「あんたは心配しなくていいから。少し寝てなさい」。
そう言うと、窓のカーテンを引いた。

 付き添っている母がマスクをしている。マスクから覗く目のまわりが、歌舞伎の隈取りの様に赤い。どうしたのだろうと、思っているとそこに親父が入ってきた。見ると、親父もマスクを付け、目の周りを隈取りの様に赤くしている。よくよく気付いてみると、僕以外の看護士や他の患者、みな同じ様にマスクを掛け隈取りをしている。
僕は気味が悪くなり視線を天井に移した。みんなしてどうしたのだろうか、何か悪い病気でも流行り出したのだろうか。
 そんな事に考えをめぐらせ、しばらく天井を眺めていると、今度は天井のパネルの模様が気になりだした。
白い天井の、一つひとつが水にもどす前の乾燥わかめのような黒い模様。
天井中に、一見ばらばらではあるが、ある規則にそって整然と並んでいる模様。
じっと、よく見るとそれは動いている。ゆっくりとだが、水にもどりゆくように。
何かの映像で見た、顕微鏡の中のバクテリアか原始的な生物のように。
近付き、お互いはひとつになり、大きくなる。それを何度か重ね、ある程度の大きさになる。すると、自らの重さに耐えられなくなるのだろう、天井から落ちてくる。ちょうど、ゆっくりと大きくなって地面に墜ち、飛び散る雨垂れのようだ。 

 飛び散った飛沫はゆっくりと移動し、ふたたび天井で集まり、またそれを繰り返す。なんだか、この世界の理を、縮図にして見せてくれているようだ。
 
 どれくらい眺めていただろうか、ふと、さっきの鹿の事が気になり、身を乗り出してカーテンを開け、向いの山に目を凝らす。するとどうだろう、さっきまで、数人であったハンターはいつの間にか何十人にもなり、群れとなって鹿の親子のいる沢を取り囲み、追い込み、確実に登ってゆく。
反対側からは、自衛隊だろうか、緑の迷彩色の集団が登って行く。
「何の騒ぎだろう。演習か何かの訓練なのかな」などと思いながら眺めていると、次の瞬間。
「ズドン」
なんと、その緑の迷彩の部隊が反対側の沢に居るハンターたちに向け発砲し始めた。

僕は叫ぶ。

「大変だ、密猟者かな」「見たでしょ、今、撃ったよね」「戦争?」。

母は、困った様な顔をして僕を見ていた。

2010年6月14日月曜日

独白。5

 まだ若い担当医に言われるがままに、楽になるのならばとそれに同意した。
今までの点滴に加え、新たに薬が追加された。
どうやら、効果はあったようで身体が軽く楽になってゆく。
 しかし、投薬されてからしばらくすると、何か強烈な腹部の痛みと便意が襲って来た。ナースコールを押すが、急な便意に我慢出来ず、自力でトイレへ向かおうとベッドから立ち上がる。そこに看護士がようやくやって来た。
「何やってるんですか!」何をって、トイレに行きたいのだ。
「大丈夫ですか!」
もう一人、ナースコールに駆け付けた若い看護士は「キャー!」と悲鳴を上げる。「いちいち大袈裟なんだよ」と思いながらトイレへ向かおうとするが、尻のあたりに違和感がある。いつの間にか着替えさせられていた浴衣の様な院内着を見ると血に塗れている。
「あれっ」と思い尻の部分をめくってみる。
さっきまで感じていたのは便意だったが、そうではなかったらしい。
汚い話だが、肛門から血液の様な液体が一筋の噴水のように出ている。さっき、叫び声を上げた看護士を見るとその飛沫で看護服を汚していた。
「何だこれは」と思っていると、担当のまだ若い医者が入ってくるなり小声で言うのが聞こえた。
「やっぱり、だめだったか」。
僕は耳を疑った。
「なんだと!?やっぱりってどういう事だよ!?」
と、叫びたいのだが急激に血の気が引いて声にならない。
「ちょっと、まだ無理みたいでしたね。お薬、変えますね」
などとと冷静な顔つきで続ける。

ふざけるな。人体実験かよ、新薬とやらの。
おかげで病室内はまたも大騒ぎだ。

 いつの間にか眠っていたらしい。気がつくと、母がとなりで座っている。
「あんた、駄目じゃないの。何やってんの」
ああ、さっきの事か。
「ちょっと、居ない間に。まったく」。
反論しようかとも思ったが、さっきの醜態を思い出したくもないので止めておく。

「あとで、CTとか脳波とか詳しい検査をするからって、先生が言ってたわよ」。

検査?

まずい。
僕はキ○ガイか何かと疑われているのだろうか。

2010年6月8日火曜日

独白。4

 ここに運ばれてからどれくらい経ったのだろうか。どれくらい眠らされていたのだろうか。運ばれてきたのは夜だ。昨日の事なのか、一昨日の事なのか。
まったく良くなる気がしない気分の悪さと相変わらず重たくべっとりとした意識の中で考える。昼間の病院は夜とは全く別の雰囲気だった。夜の吸い込まれそうになる静けさとは正反対の騒々しさ。

「いったん、着替えとか取りに家に帰るから、ちゃんと先生の言う事聞いてなさいよ」そんな事を言いながら母は親父と一緒に出て行った。まったく、三十過ぎになっても子供扱いだ。そんなものなんだろうか、母親とは。
二人とも僕の容態が落ち着くまで、夜中じゅう付き添ってくれたのだろう、随分と疲れ眠たそうな顔をしていた。
 あらためて見ると点滴が二本、からだに突き刺さっている。薄い黄色の液体と、透明などろっとした液体。時より看護士が来て、腕時計を見ながら何やらチェックしていく。さっき母と話したのだが、ここはT市の市立病院で、今朝、救急からこの一般病棟に移されたとの話だった。六人部屋の一番奥の窓際のベッドから、窓の外を見る。街とは裏側の山側の病室らしく、窓からは山の景色以外何も見えず、ますます自分がどこにいるのかを解らなくさせてくれる。ここが、ほんとうにT市立病院ならば、前に何度か来た事がある。

「ロビーにドラえもんがいるはずだ」。
今思うと、その時すでに離脱症状が始まっていて、まともな考えとか精神状態ではなかったのだと思う。僕は点滴の針を引き抜き、ベッドから降り、縺れる足で病室を出た。出るとすぐ左にエレベーターが開くのが見えたのでそれに乗った。1から4まであるボタンの1を押す。しばらくすると、鈍い金属音とともに落ちて行くような感覚。
「気持ち悪い」何階から乗ったのか解らないが、時間の感覚がおかしくなっていたのだろう、地の底まで続くような、随分と長いエレベーターに感じた。
 
 ドアが開く。目の前のガラス張りの廊下は見覚えのある場所だった。
「外来受付のカウンターの横にドラえもんがいる」。
なぜそんな事を思っていたのだろう。ふらつきながら歩く僕に、ロビーで診察を待つ人達の目が一斉に向けられる。「何見てんだよ、こいつら」と思いながら、カウンターを通り過ぎ、意味不明の確信を持ってロビーの奥に目をやる。
「ほら、やっぱりあった。ドラえもん」そこは小児科診察室で、その入り口のとなりに大きな青い人形。やっとの思いで、ようやく辿り着いた僕を呼ぶ叫び声。
「○○さん!何やってるんですか!」担当の医者と看護士が血相を変えている。「だめじゃないですか!おとなしくしてないと!」
「すいません、ちょっと」と言いかけた僕は半ば強引に車いすに乗せられた。
あたりが騒然としている。どうしたことか僕に人々の奇異の目が寄せられている。
よく見てみると、さっき引き抜いた点滴を引き抜いた腕から、血がぼたぼたと流れている。病室に連れ戻される車いすから、僕の歩いて来た道のりに、大量の血痕が残っているのが見える。それこそ、そこら中の床や壁に。ちょっとしたホラーだ。

 病室に戻ると、そこもまた血だらけだった。ベッドや床、壁にも飛び散った血液が滴っている。後で聞いたのだが、点滴の針は引き抜いたというより、引きちぎったとの事だ。透明のチューブを体からつり下げその先から逆流した血を垂れ流し、何ごとかブツブツ言いながらよろよろと歩いていたらしい。
想像してみる。まるで、かなりとち狂ったあぶないキ○ガイみたいだ。

「辛そうですね、ちょっと強いお薬に変えましょうか。」
たしかに、どんどん具合が悪くなってゆく。今までにも感じた事のある、アルコールが切れた時のどうしようもない焦燥感と、からだ中を何匹もの虫が這い回る様なあの厭な感じ。
「体内のアンモニアを急激に下げられる、あ、まだ新薬なんですが、これを投与してもよろしいでしょうか。それで様子をみましょう」。
話を聞くとどうやら、本人の意思確認が必要らしい。相当強い薬なのだろう。
「なんでもいいから、はやくしてくれよ。気が狂いそうだ」。
ほんとになんでも良かった。この苦しみに比べれば薬の副作用なんてどうでもいい。一応、薬の説明を受けたのだが何も聞いていなかった。なんと言う名前の薬だったのかすら思い出せない。

だがこの新薬とやらが、とんでもない代物だったのだ。

2010年6月3日木曜日

独白。3

「○○さん、どうですか具合は、だいぶ落ち着いたようですが」
白衣を着た男が聞く。一歩下がった女はメモを用意している。

「血液の数値が異常です」
なんの話だろう。
いつのまに血液検査をしたのか、まだ若い清潔そうな男が言う。
「よく生きてましたね。辛くなかったですか?とにかく、いろんな値がめちゃくちゃです。見て下さいここ」
男が指差すグラフに目をやる。なんだかよく解らない棒グラフだ。
「数値が振り切っちゃってますよ」
たしかに、いくつかのグラフが表の枠の中に収まっていない。
「γ-GPTの値が6800U/Lです、なにかの間違いかと思いましたよ。こんな数値はじめて見ました。いったいどんな飲み方すればこうなるんですか?あと、GOT、血中アンモニア濃度、白血球、総タンパクすべてが高すぎます」。

 γ-GPTとかいうのは聞いたことがある。高いと良くないという事くらいしか知らないが、赤茶色に酒焼けした薄汚い顔色の中年がよく自慢げに話すあれだ。
聞くと健康な男性の数値は、12~70U/L程度らしい。内科で検査をして、200U/Lもあれば即入院だという。
「肝臓が相当ダメージを受けてますね。倒れたのは肝機能障害による高アンモニア血症のせいだと思います」
聞いていても何の事だかさっぱり解らないし、さっきから具合が悪くてしょうがない。
「いわゆる、アルコールてんかんです。今回がはじめてですか、倒れたり意識を失ったりしたことは?」
はじめてではなかった。自分では憶えていないが周りの友人に何度か指摘されたことがある。それにしても「てんかん」だとは。
「とにかく、点滴でアンモニアを下げます」
「あの、すいません、あたまの方は」
倒れてあたまを打ったからここに居るのだ。そう思って聞く僕に男が続ける。
「僕は内科の担当ですが」
どうやら、ここは総合病院らしい。救命から外科そしていつの間にか内科のベッドにいるようだ。
「あたまの方のレントゲン、これです。きれいな脳みそですよ、大丈夫みたいですね。萎縮も見られません。のちほど、CT、脳波など詳しく調べさせてもらいますが、心配いらないでしょう」
見ると僕のあたまのレントゲンだ。ほんとよく詰まっている。萎縮?ある訳がない当たり前だ。
良かった。じゃあ、すぐ帰れるな。そう思っている僕に男は恐ろしい事を話し出した。
「アルコールですが、長いですか?飲み始めて」
倒れるまでの飲み方はと聞かれれば。仕事柄、客の酒に付き合い、客の酒を飲むのも仕事。仕事帰りに知り合いの店で朝まで。朝から晩まで体からアルコールの抜けた日など、ここ二、三年ない。
「お話を伺う限り、依存が始まってると思います」。
自分でも異常だと気付いていた。ちょっとヤバいかなと。

 脳みそが、「梅酒の瓶の中の梅」のような状態の僕には聞きたくない言葉を男は続ける。
「アルコール依存症の疑いがあります。今までに離脱症状が出た事はありますか?」
離脱症状って、手が震えたり、幻覚見たり虫が見えたりするあれか。
「俗にいう、禁断症状です」。
「今夜あたりから二日程度、きついかもしれませんが覚悟してください」。
自分をただの大酒飲みだとごまかしていた僕だが、まさか、アル中とはな。

 この男の言う通りさっきから具合が悪くてしょうがない。問診に付き合うのも精一杯なくらいだ。からだは火照っているのに、悪寒がする。なにかざわざわとした不安感と何かに対する強烈な渇望。
 そうなのだ、飲みたいのだ。キツいウォッカを煽りたい。そうすれば、いくらか楽になれるのを知っている僕は、やはり男が言うようにアル中なのだろうか。
 さっさと点滴を打ってもらって、もうじき帰れるだろうと、そしたら一杯煽って寝てしまえば、あとはすっきりだ。

「はやく帰らせてくれ」と、そう思っていた。

だが、まだ僕は想像も理解もしていなかった。
離脱症状の恐ろしさを、薬物アルコールの持つ本当の恐ろしさを。

2010年6月1日火曜日

独白。2

僕は道を辿って歩いている。足場は悪く、ずいぶん狭い。
縺れる足でしばらく歩くと道は二股に分かれている。右へと歩みを進め、しばらくすると今度は三叉路に。細い道、足下を見ると道はいつのまにか編み目の様に交わり重なっている。道のようにも編み目のようにも見えるところどころは、隆起し、ひび割れていて、その隙間から甘く重たい臭気を漂わせている。
「そうか、そうだ。僕はメロンを買いに来たんだ」
そう思ったとたんに、さっきまで道か編み目だった足下が今度は、ずぶずぶとした腐った沼へと変わっていた。
「落ちる」と思うと次の瞬間には緑色の腐った沼に仰向けに沈んで行く。さっきまで道か編み目だった場所を見上げながら、なぜだかそこがメロンの中なのだと思う。「『メロンを買いに』って小説あったな、短編だっけ」
仰向けに沈みながらそんなことを思っていると今度は、道か編み目だったはずの沼が、血管の詰まった脳みそに見えて来た。そこが自分の脳みその中だと気付き、あたりを見回す。
すると、一ヵ所、どぼどぼと大量の液体をこぼしている場所がある。自分の脳みその中にいる僕は、「これは大変なことになっている」と思い、必死にそれを手で押さえながら「自分の脳みそを押さえるとは可笑しな話だ」とも思う。

 酷い夢に目を覚ますと、そこはベッドの上だった。となりで丸椅子に腰掛けうつむいていた母が顔をあげて言う。
「目が覚めたか。まったく、何やってんだい。二年も行方不明になってたかと思えば、みっともない。」と怒りと悲しみの入り交じったような顔を向けて来る。
「俺、どうしたの」「あんた、憶えてないの」
ほんとに訳が分からない。大体ここはどこだ。
「おばさん!○○が大変!ぶっ倒れて運ばれて死にそうらしい!
って、泣きながらあんたの友達から電話があって、びっくりして飛んで来てみれば」
友達とは小学校以来の友人だが、何故。さて、いったい、僕はどこでどうなってしまったんだろう。
「あんた、あたま見て見なさいよ」
見ろって言われても。と思いながらあたまに手をやってみると鈍く重たい痛みが左の後頭部に走った。あたまを何かが覆っている。無理矢理それを引き剥がし痛みのもとに手をやってみる。
「痛っ、なんだこれ」
触るとそこは周囲を綺麗に剃られた傷口だった。もう一度触ってみるとなんだかボコボコとしている。
「縫ってあるから触るんじゃないよ。ほんと、憶えてないの。あんた、スーパーの食品売り場で倒れたんだって。大騒ぎだったみたいだよ。バカ。」

 なんとなく、憶えているのはパプリカだ。冬だというのに嘘臭いほど熟れた、真っ赤なやつと黄色のパプリカ。
憶えているのはそれが最後。そうだ、それとズッキーニ、茄子。スーパーに買い物に行ったんだ。
それと、親父の顔。ああ、病院、さっきのは夢じゃないのか。
メロンじゃないのか。
 
 後から聞いた話だが、一緒にいた友人に聞くと突然、呻き声とも叫び声ともいえない声を上げながら仰向けに倒れ、後頭部を店中に響き渡らせるくらい激しく打ち付けたらしい。言っておくが、僕はキ○ガイとかの類いではない。
話を聞いただけでぞっとする。固いコンクリート、リノリウム張りのスーパーの床に、1.8mの高さからメロンを落とすとどうなるか。考えたくもない。

夕飯時という事もあり店内は多くの人がいた。
幸いな事に、倒れた時に偶然にも二人の看護士さんが居合わせていて、的確な応急処置と救急車の手配をしてくれたとの事だ。
みるみる血に染まる床。倒れて、泡を吹いている大男に動揺もせず。返り血もまるで気にせず、血まみれになりながら僕を助けてくれたらしい。
救急車に僕を乗せると何事も無かったかのように、名前も告げずに二人とも立ち去ってしまったとも。

本当に感謝しているのだが、お礼の一言を伝える事すら出来ない。

さっき、あたまから引き剥がした物を見てみる。
血でベットリと固まったガーゼと一緒に。なるほどね、メロンか。

人は、そう簡単には死なせてもらえないのである。

独白。1

迎えは無い。
少ない荷物をバックパックに詰めた。

 去年の今頃、僕はとある施設を後にした。三ヶ月ほど過ごし、妙な居心地の良さを感じ始めてしまっていた心とからだに言い聞かせた。
「もう、二度と来るまい、こんなとこ」僕は一度死んだのだ。

 あたまが焼ける様に熱い。なにかべっとりとした意識の中で、よく知っている顔が僕を覗き込んでいる。大きな声で何やら言っているが、さっきから耳鳴りが酷くて聞き取れない。父親だ。後ろの方で泣いている母の姿がぼんやりとだが見える。
「○○さ~ん!解りますか~!?わたしの指を握り返して下さ~い!」
そんな、聞いた事のある様な台詞を耳元で叫ぶ、青いろの服の若い男。
青いろの男の出で立ちと、さっきから部屋の灯りにしては眩しすぎるライトと、何やら慌ただしく動き回るいくつかの人の気配に、そこがどうやら、病院の診察台の上だという事を感じ取ることが出来た。まるで、他人事の様に。焼き付いた頭で。

 どれくらい経っただろうか、誰かが話す声で目が覚めた。相変わらず意識はべっとりとしたままだった。
意識の戻った僕に母が何事か話し掛けてくるが、頭が、体がいう事をきかない。どうやら、強い薬を打たれているようだった。
「意識も戻った様ですし、集中室から移しましょう」と話す白い男。僕はまだ状況を把握していなかったし、家へ帰れるものだとばかり思っていた。
 「離せっ!大丈夫だよ!帰れるて言ってんだろうが!」「落ち着いて下さい!」「~用意して!」
僕は華奢だが、わりと大男なので暴れると大変なのだろう。4、5人の白と青の男女に押さえつけられながら、「はい、チクッとしますよ」「暴れないで下さい」よくよく見ると注射どころか、体中に透明のチューブが突き刺さっている。白い男は、暴れる僕の腕にまるで暗殺者の様な手際の良さで針を刺さす。ガラス管の中の透明な液体があっという間に空になっていく。

その針が抜かれるか抜かれまいかの刹那、僕の意識は再び遠くへ飛んでった。