僕は道を辿って歩いている。足場は悪く、ずいぶん狭い。
縺れる足でしばらく歩くと道は二股に分かれている。右へと歩みを進め、しばらくすると今度は三叉路に。細い道、足下を見ると道はいつのまにか編み目の様に交わり重なっている。道のようにも編み目のようにも見えるところどころは、隆起し、ひび割れていて、その隙間から甘く重たい臭気を漂わせている。
「そうか、そうだ。僕はメロンを買いに来たんだ」
そう思ったとたんに、さっきまで道か編み目だった足下が今度は、ずぶずぶとした腐った沼へと変わっていた。
「落ちる」と思うと次の瞬間には緑色の腐った沼に仰向けに沈んで行く。さっきまで道か編み目だった場所を見上げながら、なぜだかそこがメロンの中なのだと思う。「『メロンを買いに』って小説あったな、短編だっけ」
仰向けに沈みながらそんなことを思っていると今度は、道か編み目だったはずの沼が、血管の詰まった脳みそに見えて来た。そこが自分の脳みその中だと気付き、あたりを見回す。
すると、一ヵ所、どぼどぼと大量の液体をこぼしている場所がある。自分の脳みその中にいる僕は、「これは大変なことになっている」と思い、必死にそれを手で押さえながら「自分の脳みそを押さえるとは可笑しな話だ」とも思う。
酷い夢に目を覚ますと、そこはベッドの上だった。となりで丸椅子に腰掛けうつむいていた母が顔をあげて言う。
「目が覚めたか。まったく、何やってんだい。二年も行方不明になってたかと思えば、みっともない。」と怒りと悲しみの入り交じったような顔を向けて来る。
「俺、どうしたの」「あんた、憶えてないの」
ほんとに訳が分からない。大体ここはどこだ。
「おばさん!○○が大変!ぶっ倒れて運ばれて死にそうらしい!
って、泣きながらあんたの友達から電話があって、びっくりして飛んで来てみれば」
友達とは小学校以来の友人だが、何故。さて、いったい、僕はどこでどうなってしまったんだろう。
「あんた、あたま見て見なさいよ」
見ろって言われても。と思いながらあたまに手をやってみると鈍く重たい痛みが左の後頭部に走った。あたまを何かが覆っている。無理矢理それを引き剥がし痛みのもとに手をやってみる。
「痛っ、なんだこれ」
触るとそこは周囲を綺麗に剃られた傷口だった。もう一度触ってみるとなんだかボコボコとしている。
「縫ってあるから触るんじゃないよ。ほんと、憶えてないの。あんた、スーパーの食品売り場で倒れたんだって。大騒ぎだったみたいだよ。バカ。」
なんとなく、憶えているのはパプリカだ。冬だというのに嘘臭いほど熟れた、真っ赤なやつと黄色のパプリカ。
憶えているのはそれが最後。そうだ、それとズッキーニ、茄子。スーパーに買い物に行ったんだ。
それと、親父の顔。ああ、病院、さっきのは夢じゃないのか。
メロンじゃないのか。
後から聞いた話だが、一緒にいた友人に聞くと突然、呻き声とも叫び声ともいえない声を上げながら仰向けに倒れ、後頭部を店中に響き渡らせるくらい激しく打ち付けたらしい。言っておくが、僕はキ○ガイとかの類いではない。
話を聞いただけでぞっとする。固いコンクリート、リノリウム張りのスーパーの床に、1.8mの高さからメロンを落とすとどうなるか。考えたくもない。
夕飯時という事もあり店内は多くの人がいた。
幸いな事に、倒れた時に偶然にも二人の看護士さんが居合わせていて、的確な応急処置と救急車の手配をしてくれたとの事だ。
みるみる血に染まる床。倒れて、泡を吹いている大男に動揺もせず。返り血もまるで気にせず、血まみれになりながら僕を助けてくれたらしい。
救急車に僕を乗せると何事も無かったかのように、名前も告げずに二人とも立ち去ってしまったとも。
本当に感謝しているのだが、お礼の一言を伝える事すら出来ない。
さっき、あたまから引き剥がした物を見てみる。
血でベットリと固まったガーゼと一緒に。なるほどね、メロンか。
人は、そう簡単には死なせてもらえないのである。
2010年6月1日火曜日
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